第72話『畳、香る……』




「おお、すっげー! でけー!」

「ノスタルジック」

「新庄! 屋敷みたいじゃねえか!」

「わあ、いい雰囲気……」

「これだけ広ければ確かに合宿先として提案できるわけね!」


 田舎の村の木造一軒家。

 大きさだけは結構な我が家を見て、部員たちは各々の感想を述べていた。

 基本的に褒め称えられてるのでちょっと誇らしい。


「じゃ、ワシは月光君を送っていくからな!」


 俺たちを車から下ろし終わると、祖父は月光を乗せて山の登山口に向かっていった。


「俺たちは家に入るか。確か離れの部屋を用意してくれたんだっけ?」


「そうだよ! あたしも掃除手伝ったよ!」


 圭が褒めろと言わんばかりにアピールしてきた。エライエライ。


「じゃあ、みんなこっちだから……」


 俺の実家は古い家だがそれなりに広く、空いている部屋がそこそこある。


 廊下で続いている離れの部屋が今回の合宿スペースらしい。


「あらあら、いらっしゃい……まあ! 可愛い女の子がたくさん!」


 玄関に入ると、割烹着姿の中年女性がパタパタと部屋の奥から出てきた。


 俺の母である。


「母さん、ただいま」


「あらぁ、怜央ったら、なんか三ヶ月くらいしか経ってないのにやけに大人びちゃって! こう、一国を征してきた男の顔になってるわね!」


 どんな顔だよ。

 わけのわからんことを……。

 学校は征してきちゃったけどさ。





 それから丸出さんが代表で母に挨拶をして、俺たち一行は離れの部屋に案内された。


「一応、女の子もいるって聞いてたから二部屋用意しておいてよかったわぁ。てっきり大きい部屋のほうを男の子が使うかと思ってたけれど」


 部屋の襖を開けながら、俺の伝達不足をチクチクしてくる母。

 悪かったよ……。部屋の割り振りにまで頭がいってなかったんだよ。

 さすがに口に出して言わないけど。


「おお! 和室だ! イグサ!」


 鳥谷先輩は案内された部屋の畳に興奮気味だった。

 家に和室がない人なんだろうか? くるくると室内を回りながらはしゃいでいる。

 金髪碧眼の白ワンピ少女が蝉の鳴き声の響く古民家にいるミスマッチ。


 これは逆に絵になるな……。

 ちなみに女子に宛がわれた広い部屋は十畳ほど。

 男子のほうは六畳ほどとなっている。


「うわぁ、日当たりのいい部屋ですね! ありがとうございます!」


 結城優紗が太陽光の差し込む窓を開けながら俺の母に礼を言っていた。

 ああやってると普通に社会的良識のある美少女みたいだ。

 とんでもないフェイクである。


「畳、香る……」


 江入さんは部屋の入り口で目を閉じ、深呼吸をして何かに浸っていた。

 アレは気にしなくていいか……。

 圭は『この人なにやってるんだろう?』と不思議そうな目で江入さんを見ていた。


 フッ、アレを気にしているようではまだまだだな。





 おやつというか軽食というか。

 そんな感じで出されたピザを食べた後、俺たちは共同浴場に向かった。

 ピザは生地も含めて母の手作りだった。


 庭で育てられたルッコラもトッピングされていたよ。


「すごいわよね! 歩いて行ける距離に温泉があるなんて!」

「フルーツ牛乳はあるのか? あるのか?」

「自動販売機のジュースだったらありますよー」

 

 前方を歩いている結城優紗と鳥谷先輩が期待を高めてキャイキャイ言っている。

 圭もそこに混じって笑っていて、なんやかんや楽しそうだ。

 月光にはやたら馴れ馴れしかったが、部員の女子たちにはきちんと敬語を使えている。


 まあ、月光は村のおっさんたちと似たような雰囲気あったからな。


 圭のやつも俺と一緒で同年代の友人と話す機会がほとんどなかった。

 うちの村にいる子供って他は小学校低学年とか未就学児とかだし。

 部の女子メンバーと馴染めたのなら何よりである。





 緑が多い地元の道を進んで行く。

 田んぼや畑を感じる匂い。小川のせせらぎ。白いガードレール……。

 たった三ヶ月離れていただけなのに都会にはないそれらすべてが懐かしく思えた。


 いや、ガードレールは都会にもあったわ。


「ここは普段暮らしている街とは気候が違う」


 黙々と前方を歩いている江入さんが言った。


「そうだよね。なんだか湿度が低いっていうか、まとわりつくような暑さがなくて全体的に涼しい気がするわ」


 俺の隣を歩いていた丸出さんも同調する。


「そういえばそうだなぁ。帰ってきてみてわかったけど、山が近いからそういう違いってあるのかも。夏でも夜だと寒いくらいだし」


 都会と同じ調子で窓を開けてたら風邪を引く可能性だってあり得る。


「新庄、この辺だとカブトムシは捕れるのか?」


 酒井先輩が木々に覆われた景色を見渡しながらそわそわした様子で訊いてくる。


「カブトムシですか? それなら、木にバナナトラップでも仕掛けておけば割と簡単に捕まえられると思いますよ。家の網戸に張り付いてることもたまにありますけど……」


「な、なんだってぇ!? おい、鳥谷ィ! 大変だぞ! 新庄の家はカブトムシが網戸に張り付いてるんだってよ!」


 酒井先輩は大興奮で鳥谷先輩のもとに駆けていった。

 そういえば酒井先輩と鳥谷先輩は合宿の行き先で山を希望していたっけ。

 余談だが、我が村ではカブトムシ以外にもタヌキやハクビシンなどの哺乳類も現れる。


 熊も時々出没する。


 そういう場所だ。

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