第73話『夕飯』



 田舎の夕飯は早い。

 我が家では大抵、六時頃に食卓につくのが常である。

 早い家だと五時くらいから食べ始めるところもあるらしい。




 温泉から帰ってきた俺と部活メンバーはしばし寛いだ後、食事のため居間に向かう。


 居間に入ると、普段使っているローテーブルの他にもうひとつこたつ机がくっつけられていて人数分の料理が置けるスペースが確保されていた。


 俺の帰還と部活メンバーの来訪を祝してなのだろう、夕飯は割と豪華な感じだ。


 魚とか鶏とか、この辺で獲れる材料がふんだんに使われた宴会っぽい料理たちがテーブルに並べられている。


 母、祖父、妹。

 仕事から帰ってきた父や畑から戻ってきた祖母が同じ食卓に着く。

 高校の友人たちと家族が一緒に飯を食うというのはなんか妙な気分がする。


 理屈はわからんがちょっと小っ恥ずかしい。


 明日からは離れで別にしてもらおうか……。


「怜央はほんのちょっと見ないうちに一国一城の主みたいな雰囲気を醸し出すようになったなぁ!? 前よりも大人になった気がするぞ!」


 酒を飲んで顔を赤くさせた父が母と似たようなことを言う。

 そういえば祖父も顔つきが変わったとか言ってたっけ。

 あれか?


 魔王の前世を思い出したことで統治者としての風格が滲み出てしまっているのか?


 それとも久しぶりに会ったときに使う常套句『しばらく見ないうちに立派になって』を適当に口走っているだけか?

 

 なまじ心当たりがあるせいで変な勘繰りをしてしまう……。


「入学初日に停学になったってミツルちゃんから聞いたときはおったまげたけどさぁ。なんだかんだ、家に呼べるようなお友達がたくさんできてよかったねえ」


 祖母がしみじみと呟いた。

 ちなみにミツルちゃんというのは俺を居候させてくれている従姉の名前だ。


「ごはんうめー!」


「あらあら、元気な子ねえ。いっぱい食べなねぇ。おかわりもたくさんあるから」


 母は小柄な身体で白米を大量にかき込む鳥谷先輩を微笑ましそうに見ている。


 その視線には明らかに『大きく育つんだよ』という思いが込められているが、その人多分もうそんな成長しないよ。


 高校二年生だし。


「…………」


 江入さんは『もっもっもっ』と無言で口を動かしながら、目立たぬ動作で誰よりも大皿から料理を摘まんでいた。


 うちの家の味が気に入ったのか、ただの健啖家なのか……。


 普段の夕食は各自調達なのでそこはわからない。


「あっ、美味しいお魚……」

「唐揚げもプリプリで美味しいわよ!」


 普通な感じで料理に舌鼓を打っているのは丸出さんと結城優紗。


 二人とも温泉から出た後は都会を出立したときと違い、ティーシャツとショートパンツというラフな格好に着替えていた。


「あれ? 酒井先輩、なんか静かですね?」


 いつも声のデカい酒井先輩が綺麗な所作で静かに食事をしている。

 背筋をピシッっとさせて上品な箸の使い方。

 俺は思わずまじまじ見てしまった。


「ああ、食事のときはあんまり話すなって家の方針で言われてるからクセでなぁ」


「あ、そうなんすか……」


 部室では脳天気なところが多い酒井先輩の意外な家庭環境が垣間見えた瞬間だった。



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