第131話『現四天王と元四天王による一騎打ち(裏)』
◇◇◇◇◇
最終下校時刻を過ぎた夜七時過ぎ。
馬飼学園から続く住宅街の道――
「くそっ、まさかオレが二回もあんなチビに負けるなんて……」
雪之城は鳥谷ケイティに蹴り飛ばされた顔の痛みに表情を歪ませながら歩き進んでいた。
鳥谷ケイティに負けてしまったこともそうだが、一年生で馬王に成り上がった新庄怜央が本当に強かったのも想定外だった。
事前に調べた情報では騙し討ちで花園に重傷を負わせ、鳥谷や風魔を誑かして籠絡した小狡いナンパ男という人物像しか浮かび上がってこなかったというのに。
あの動きは紛れもなく高い実力を持つ者のそれだった。
悪魔と契約して得た最強の力があればまだどうにかできたかもしれないが、失った今の状態で相手をするのは明らかに分が悪いだろう。
(くそくそっ! あのクソ悪魔が鳥谷の意味わかんねえ眩しいヤツにビビって逃げなきゃまだ目はあったのに!)
休学し、引きこもっていた彼に願いを叶えると囁いてきた実態のない声、悪魔を名乗る存在はとんだ大嘘つき野郎だった。
(こうなったら……!)
野望が潰え、敗北のおかわりでプライドをズタズタにされた彼が行き着いた考え。
それは――
(こうなったら少しでもあいつらが苦しむことをしてやらぁ……!)
雪之城は折り畳み式のナイフを取り出して銀色の刃を見つめる。
彼の十数メートル先には鳥谷ケイティらが所属する『将棋ボクシング文芸部』の女子生徒の一人がいた。
綺麗な黒髪をなびかせ、自分が狙われているとも知らずに彼女は無警戒で歩いている。
インターハイ優勝者の酒井は下手すれば返り討ちに遭う危険性があり、ショートカットの女は馬王と帰宅方向が同じ。
ターゲットに選べるのは必然的に彼女一人だけだった。
校門を出たところから尾行し続け、ようやく人通りの少ない場所に入り込んでくれた。
「ハッ……ハッ……鳥谷が、あいつらが悪いんだぞ……オレをコケにするから……!」
さすがに緊張しているのか、雪之城は呼吸を荒くさせている。
そこまで気負うのならやめればいいだろうと思うが、もはや合理的な考えは彼にない。
実行した結果、自分がどういう末路を辿ろうとも、鳥谷ケイティらに爪痕を残せるならそれ以外はどうでもよかった。
雪之城が一線を越える覚悟を決めて女子生徒に詰め寄ろうとしたとき、ピアスをつけた金髪の男が彼の横を通り過ぎて正面に立ち塞がる。
「ハア……校門で見かけて妙な雰囲気出してやがったからついてきてみればよぉ……。お前がそこまでバカなやつだとは思わなかったぜ」
男は気怠そうに首をさすりながら呆れたような声を漏らす。
「お、お前は……!」
雪之城は目の前の人物の姿を見て息を呑む。
「まったく、鳥谷も一年坊主も力があんのに中途半端に甘いからこういうことになんだ」
彼の前に佇み、行く手を阻んだのは――
「花園ォ! 一体何しに来やがった……! お前には関係ないだろ! 邪魔すんな!」
花鳥風月の一人、現四天王の花園栄治であった。
思わぬ人物の登場に雪之城は怯むが、舐められるわけにはいかないので彼は精一杯の虚勢を張って対応する。
「関係ない、ねぇ……。ハッ、まあ、確かにそうだが……、気に入らねえことが目の前で起こりそうなのをほったらかしておく主義でもねェんでな」
花園は自嘲したような薄笑いを浮かべてよくわからない理由を述べてくる。
「あぁ!? 意味不明なんだよッ! やんのかオラ!」
ナイフをちらつかせ、脅しをかけるが花園に動じた様子はない。
その見下されたような態度が余計に雪之城から冷静さを奪っていく。
「雪之城よぉ、お前……仮にも四天王の一角を自称していたくせに情けねーと思わねえのか? タイマンで負けた腹いせに刃物持ってシャバの女に襲いかかろうとするなんざ」
花園の口調はどこか雪之城を憐れんでいるようにも聞こえる。
「なーに言ってやがんだ、相手の弱いところを狙うのは当然の戦略だろ! 第一、このまんまじゃオレの収まりがつかねえんだよ……っ!」
光る刃物を握りしめ、手を小刻みに震えさせながら雪之城は言う。
彼は正常な精神状態とは思えないギラギラした目つきをしていた。
花園は溜息を吐きながら首を軽く回してポキポキと鳴らす。
「ハァ……困ンだよなァ……。オメーみたいな程度の低いヤローが馬飼学園でデカいツラしてんのは……。限度をわきまえられない馬鹿のとばっちりでオレらまで肩身が狭くなるだろうが」
「う、うるせえんだよぉ! 花園ぉ! お前だって月光や風魔には勝てないくせに! 偉そうな講釈垂れてんじゃねえ! うるぁああああああ!」
やけっぱちになった雪之城は握っていたナイフを突き出して花園に襲いかかった。
「ちっ……イライラさせやがって、このダボが……」
「いっ……!?」
次の瞬間、驚愕の光景がそこに広がっていた。
なんと、雪之城の突き出したナイフの刃は花園の手の中に収まっていたのである。
「花園……! お前正気か……? ナイフを素手で止めるなんてイカれてるぜ! 下手したら指が飛んでたぞ!?」
「イカれてるだぁ……? お前が言うな! そのナイフでお前は何をしようとしたんだよ! 危ねえだろうがコノヤロー!」
雪之城の腕に手刀を入れて弾き、ナイフを取り落とさせた花園はそのまま力強く正面蹴りを放った。
「ぐぼぉ……うっおえぇえええぇぇぇええええっっ……」
腹部に蹴りがクリーンヒットした雪之城はたまらず胃の中のモノをぶちまける。
「うっ……うっ……くっ……」
嘔吐したもので汚れた口元を拭いながら、雪之城はヨロヨロと後退した。
「なんだ、吐いてるくせにまだ立っていられんのか……。だったら心は折れてねえよなぁ? もっとやらないとわからねえだろ?」
花園は威容を放ちながら泰然と歩み寄ってくる。
「ま、待て! そ、そうだ花園! オレと組もう! 一時は同じ四天王として肩を並べた仲だろ? 同格だったオレたちが組めばきっと馬飼学園のトップを取れる!」
「…………」
「オレの派閥とお前の派閥が合わされば最大勢力だぞ! なあ、どうだ? 魅力的な提……あぁんっ!?」
花園を制止するように手の平を向けていた雪之城は突き出していた腕をガシッと掴まれ、そのまま引き寄せられて膝蹴りを入れられた。
「な……んで……?」
二度も腹部にダメージを食らっては雪之城も立っていることができず、地に膝を着く。
「舐めてんのか? オレがお前みてぇな三下と同格だったことなんかねえよ。お前と肩を並べてたのは全校集会で隣に立ってたときくらいだろ。物理的にそうだったのを歪曲して語ってじゃねえ」
「ふぇっ……」
花園の醸し出す覇気に飲まれ、雪之城は裏返った悲鳴を小さく漏らす。
「お前が頭ン中で勝手にオレらと同格だと思ってんのは自由だが、そいつを事実みてぇに外で言いふらしてんじゃねえよ! このゴミカス野郎が!」
「ぐへぇっ!?」
花園に側頭部を蹴り飛ばされた雪之城は勢いよくゴロゴロと横転する。
「ちょ……花園……やめっ……」
雪之城は揺れる視界の中、のっしのっしと近寄ってきた花園を見上げた。
「いいか、今後はあの部活の連中に手出しするんじゃねえぞ」
追撃はせず、花園はそんなことを言ってくる。
「あ、あの部活ぅ……?」
朦朧とした頭では意味が理解できず、雪之城はきょとんと首を傾げた。
「し、将棋ボクシング文芸部とかいうヤツだよ! ふざけた名前をオレに言わせんなっ!」
「ひいいいっ」
「ひいじぇねえ! わかったのか!? 手出ししねえのか? 答えろ!」
「わ、わかった! もう手出しはしない! 関わらない!」
剣幕に押されて雪之城は従順な返事をしてしまう。
ただ、それでも未だプライドは残っていたようで――
「くそ……パワーアップした力さえあれば天下を取れていたはずなのに……。あいつが逃げなきゃ今も花園にこんなボロボロにされることもなかったんだ……月光にだって勝てる力をオレは手に入れてたんだぞ……」
雪之城は見苦しくボソボソと自分に都合のいいタラレバのビジョンを呟いている。
花園はその様子を見て、ガシガシと頭を掻きながら口を開いた。
「ハァ……お前さぁ……復学してから月光に勝負を挑まれたか?」
「あ? い、いや、そういうことはなかったけど」
「だろうな……」
花園は呆れ混じりといった具合に息を吐く。
「な、なんだよ……! 挑まれてなかったらなんだってんだ!」
「だからよぉ、あいつに興味を示されてない時点でお前のパワーアップってやつも大したもんじゃなかったって気づけよ」
「え……?」
ポカンとした表情を浮かべる雪之城。
「月光からしたら、お前は再戦したくなるほど派手に変わったと思われてなかったんだよ。あいつは弱いとわかってるヤツを嬲る趣味はねえからな。そんなことにも気付かないで天下を取れただの抜かしてる見通しの甘いバカと手なんか組めるか」
「なっ……まさか……そんな、や、やめろ……! そういうことを言うなぁ……!」
現実を突きつけられ、雪之城は耳を塞ぎながら俯く。
ありえないありえないと連呼して激しく頭を振り、乱れる感情から逃避しようとする。
自分は確かに強くなっていたはずだ。
馬飼学園を支配するだけの力があったはずなのだ……!
「あと、お前は自分を負かした鳥谷のことばっか考えてて忘れてるみてーだが……」
雪之城はまだ何かあるのかと上目遣いで花園をちらっと見た。
「学園の敷地内であれだけの馬鹿騒ぎを引き起こしたんだ。風魔のヤツが黙ってるわけねえよなぁ? オレたちの派閥が合わさればどうとか言ってやがったが、お前のところのやつらは風魔主導の大捕物でとうに一網打尽だろうぜ」
「あっ……」
言われて雪之城は気付いたのだ。
屋上から下りる際、そして下校時、誰一人として自分の舎弟に出会わなかったことに。
さっきまでは頭に血が上りすぎていてまったく意識が向いていなかった。
「お前はもう詰んでるんだよ。それがわかったら、明日からの身の振り方についてよく考えておくんだな」
「…………」
「なあ……頼むぜ? 身の丈にあった相応の態度ってやつを見せてくれよ……?」
花園は雪之城の髪を掴み、強引に顔を上向かせて囁くように言った。
「うっ、ひうッ、あああっ…………」
雪之城は自分に待ち受ける破滅を想像して震えだす。
彼の心が完全に折れたのは誰の目にも明らかだった。
「ふん、しょーもねーことしちまったな」
ポイッと雪之城の髪を手放すと花園は視線を前方に向けた。
丸出真帆の姿はすでにすっかりなくなっている。
そのことを確認し、彼もその場を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます