第130話『ロノウェ』
◇◇◇◇◇
意識を失った雪之城はそのまま屋上に放置し、俺は鳥谷先輩を背負って保健室に来ていた。
なぜ俺が背負って運んだかというと、雪之城をノックアウトした後、鳥谷先輩は先を見通す力を使えなくなってしまったからだ。
どうやらアレは常時発動というわけではなく、条件あるいは時間の制限みたいなものがあるらしい。
保健室の先生はいなかったので水洗いをして催涙スプレーを流していく。
「いやぁ、助かったぞしんじょー」
ジャバジャバと水道の水を当ててビショビショになった顔で鳥谷先輩はそう言った。
「鳥谷先輩こそ、お疲れ様でした」
「ちゃんと手を出さないで見守ってくれててありがとうな。あと、帽子を守ってくれたことにも感謝だ」
俺が手渡したタオルで顔を拭いながら鳥谷先輩は礼を述べてくる。
濡れていた前髪もついでに拭い、水分を落とす作業を終えた彼女は脇に置いていた学帽を手に取ってしっかり被り直した。
まだ若干開けにくそうだが、朧気ながら鳥谷先輩の視力は戻ってきているようだった。
「それにしても、その学帽、大事なものだったんですね」
てっきり傾き者のファッションでやってるだけかと思っていたのだが、あのときの鳥谷先輩の取り乱し方は結構ハンパなかった。
「ああ、これはパパン……父さんが馬飼学園を仕切っていた頃に使っていた帽子なんだ。当時の男子制服は学ランに学帽だったらしくてさ。これを被って父さんは馬飼学園の番長として君臨していたんだ。わたしはその話にずっと憧れてたから……父さんが日本に行く直前にわたしに預けてくれたんだよ」
鳥谷先輩はその帽子を被ってテッペンを取ると誓い、馬飼学園の門を叩いたのだという。
風魔先輩に注意されながらも貫いていた風体にはそんなエピソードがあったのか……。
「ま、学ランのほうはサイズが違いすぎたからレプリカだけどな」
ハハハと笑い頬を掻く鳥谷先輩。
「しかし、わたしもまだまだだなぁ……。任せろなんて言っておいて、結局はしんじょーに介入してもらわないといけない状況を作っちまうなんて……」
鳥谷先輩はしきりに情けないと呟いた。
「けど、鳥谷先輩は力が使えるようになったじゃないですか。あの異能を磨いていけばもっと強くなれますよ。あれは恐らく相当すごい力です」
未来に起こる事象を見通すなんて芸当は俺にだって無理だ。
そんなのが使えるのは神とかそっち界隈の連中だけかと思ってたのに。
「そうだよな……ついにわたしも異能に目覚めたんだもんな。もっと上手く力を扱えるようになっていけば……。あ、でもその前にガブリエーレにどういう力なのか具体的に見てもらわないと」
ガブリエーレってタワマンにいた老齢の執事さんだよな。
あの人はそういうのが見極められる人なのね。
なんて俺が感心していると――
「お嬢様、お迎えに上がりました。病院の手配は済んでいるので車にどうぞ」
金髪女性の執事さんが俺たちの背後からそう言った。
…………!?
「おお、ロノウェ。相変わらず準備がいいな、ありがとう!」
ロノウェと呼ばれた女性の執事さんはクールな眼光で俺たちを交互に見据え、ペコリと綺麗な所作でお辞儀をしてきた。
この人もこの前タワマンに行ったときに配膳をやってくれてた人だよな?
鳥谷先輩は驚くことなく平然と受け答えしてるが、この人、いつの間に保健室に入ってきたんだ……。
スッってそこに現れた感じだったぞ。
鳥谷先輩は気付いていたのか? それともロノウェさんがいきなり出現するのが普通だと思ってるから動じてないのか……。
というか、病院の手配が済んでるって現状を把握済みなのなんで?
どこで見てたん? ねえ、どこで見てたん?
「しんじょー、そういうわけだからわたしは帰る。申し訳ないけど部室のほうを頼めるか? 真帆たちにもよろしく言っておいてくれ。わたしも明日は部室に行くからさ」
「あっハイ、わかりました。お大事にして下さい」
ロノウェさんに手を引かれて歩いて行く鳥谷先輩を見送り、俺は部室棟に戻った。
細かな疑問は忘れることにした。
生きていく上では、深く立ち入らない方がいい事象もあるのだ。
それから――
俺は丸出さん、酒井先輩、江入さん、舎弟さんズと合流し、割られたガラスの片付け、リングのペンキを洗い流す作業をした。
ペンキは水では落ちなかったので除光液を用意して必死に擦った。
それでも完全には落ちきらなかったが……。
生肉、生卵、干物はゴミ袋に詰めてゴミ捨て場へ。
窓にもダンボールを貼って応急処置をする。
壁のスプレーまでは手が回らなかったため、翌日以降に持ち越しとなった。
雪之城のヤローめ、とんでもない爪痕残していきやがって……。
鳥谷先輩がケリをつけたけど、俺も部室に戻る前に屋上へ行って追い打ちで一発くらい入れておくべきだったかな。
まあ、これから皆で協力して少しずつ回帰させていこうと思う。
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