第129話『ある……! 右も左も……』





 恐らく憑依していたであろう悪魔が抜けた雪之城はしばし放心をしていた。

 やがてハッと我に返った彼は自分の股間をモミモミ。

 そして『ある……! 右も左も……』と呟いた後、



「こ、こうなったらオレの力だけで勝ってやらぁ! たとえあの力がなくても、こんなチビガキにオレが二度も負けるわきゃねえ!」



 仕切り直すように言い、ポケットからメリケンサックを取り出して右手に装着した。


 おお……。

 一人称が『オレ』に変わり、喋り方がオネェから粗暴なものに変化している。

 ひょっとしてこれが彼本来の口調なのか……?


 取り憑いていた悪魔(推定)が離れ、対価が返されたことで元に戻ったのかも。

 いや、それよりも鳥谷先輩が光ったのはなんだったのだ?

 もしかして夏休みに言っていた、ボスの家系が使えるという異能が目覚めたとか?


 だとしたら、彼女は果たしてどんな力を得たのだろう……。


 視界を奪われた不利な状況を覆す鍵になってくれればよいのだが。





「クヒヒ……どっちにしろ目が見えてねえお前をぶっ潰すなんて――」


 雪之城はゲスな声を出して鳥谷先輩に音で勘付かれないよう忍び足で接近していく。


 ずっと思っていたが、こいつ戦い方がしょうもないよな……。


「「楽勝なんだよ!」」


 ガキィンと音がして鳥谷先輩はトンファーで雪之城のメリケンサックの拳を受け止めた。


 あれ? 今、鳥谷先輩は雪之城の言葉に被せて同じこと言ってなかったか……?


 しかも、あらかじめ雪之城の拳が来る箇所がわかっていたかのようにトンファーを配置して防いだようにも見えた。


 俺はそこはかとなく違和感を覚えながら行く末を見守る。


「気配でわかるとか、マンガみたいなことを現実でやってんじゃねえ!」


 雪之城は苛立ち混じりにそう言うと、ポケットから取り出した爆竹に火をつけて鳥谷先輩の周囲に投げつけた。


 こいつまたそういうもんを持ち出して……。


 スプレー缶にメリケンサック、あいつのポケットっていろいろ入りすぎだろ。


 パンパンと爆ぜる音に乗じて雪之城は特攻をしかけ、スライディング気味に鳥谷先輩の足首辺りを狙って転ばせようと試みる。


 だが、それも鳥谷先輩はタイミングを合わせてジャンプして回避。


「このチビガキめ! 見えないはずなのに! 勘がいいにもほどがあるぜ!」


 鳥谷先輩の目は変わらず閉じていて、まだ視界が回復しているようには見えない。


 視界が奪われた直後も持ち前の直感力で対応していたが、今はそれよりもさらに確信を持って雪之城の猛撃をいなしているように見えた。


 無理攻めが通らないと判断した雪之城は慎重に攻める方針に転換した模様。

 鳥谷先輩と距離を取り、じりじりと横に歩きながら間合いを測り出す。

 すると――


 鳥谷先輩もその動きを模倣するような足運びで同じ方向に横歩きし始めた。

 心なしか、肩を上下させる細かな所作なども雪之城に寄せている気がする。

 雪之城もそれに気がついたのだろう。


 彼は試すように右足で『ダンッ!』と強く地面を踏みつけた。


 鳥谷先輩は雪之城とまったく同じタイミングで右足を上げ下げして音を鳴らす。


「「ガキがぁ! 真似すんじゃねえ!」」


 さらに雪之城と重なって同じ言葉を放った。

 やはり、さっき声を被せたように聞こえたのは気のせいではなかったか。

 真似される側からすれば、自分の言動や所作を鏡映しにされるのは思考が読まれているようでさぞ薄気味悪いだろう。


 俺も得体の知れない鳥谷先輩のムーブに困惑中である。

 これはやはり彼女が能力に目覚めていて、それを行使したことによるものなのか……?

 だとしたら、何の力でこんなことが……。


 見たところ、別に相手の動きをコピーする力ってわけではなさそうだが。

 完全なトレースってほど寸分違わず同じではないし。

 あれは……単純に『お前がやろうとしていることはすべて読めているぞ』と知らしめるためにそれっぽく真似ているだけに思える。


「見えてねえはずなのに気持ち悪いことしやがって!」

「見えてねえはずなのに気持ち悪いことしやがって!」


 今度は鳥谷先輩のほうが雪之城の言おうとしていた言葉を僅かに先んじて発した。


「お前、どうしてオレの言おうとしていることを……」

「お前、どうしてオレの言おうとしていることを……」


 二度も自分の発言を先取りされ、雪之城の鳥谷先輩に向ける視線が奇っ怪な化け物を見るようなモノに変わっていた。


「悪いな。お前が話そうとしている言葉も、しようとしている動きも、お前がやる前に全部見えているよ」


 鳥谷先輩はこめかみの辺りをトントンと叩きながら雪之城にそう宣言した。

 見えている……とは?

 さっきから彼女がやっている行為はその見えたことに起因しているのか?


「なんていうかさ……自分でも不思議だけど、視界は真っ暗なのにハッキリとわたしの前に少し先の光景が浮かんでくるんだ。未来がわかるかのように――見えないからこそ感覚が冴えてるのかもしれないな」


 どうやら、鳥谷先輩はちょっとした未来予知的なことができるようになったらしい。


 本人は持ち前の野生の勘の延長みたいな認識でいるっぽいけど。


「真似したのはちょっとお前の反応が面白そうだったからだ。悪いな!」


 やはり鳥谷先輩の遊び心だったのか……。


「反応が面白そうだから……? ふざけやがって……いや、それ以前にそんなオカルトみたいなことがリアルにあってたまるか! 未来が見えるとかよぉ……馬鹿げたこと言ってんじゃねぇうるらぁ――っ!」


 雪之城は動揺のせいか呂律が回らなくなっている。


 いや、お前さんも怪しい存在と対話したり、身体の部位を失った代わりにパワーアップしたり、失った部位が返ってきたりする怪現象を体験したじゃん。


 なんで信じられんのよ。


「ぐぎぃ! 一年前、お前さえ入学してこなければ……! そうすればオレは今頃も天下を四分する勢力のアタマでいられたのに! お前さえええィイィィィイィ!」


 雪之城は金切り声を上げながら、鳥谷先輩にタックルをぶちかまそうと腕を大きく広げて這うような低姿勢で走り出す。


 動きが見切られているのなら開き直って身体全体でぶつかってウエイトの差でゴリ押しするつもりか。


 キックやパンチより、ボディのほうが当てに行く面積は広いからな。わかっていても避けようがないと概算したのだろう。


 鳥谷先輩はそれを一歩も動かず待ち構えている……。


「ハッハァー! 偉そうに言っておいて身が竦んでんのかぁー!? そりゃあ、こんだけ体格差のある男が突っ込んできたら動きが読めててもビビるよなぁ!? しょせんはそこがチビの女の限界なんだよ馬鹿野郎めぇ!」


 鳥谷先輩が身じろぎしないのを恐怖による硬直と解釈した雪之城は勝ちを確信した表情でくっちゃべる。


 いや、多弁に語るのはそうであって欲しいと願うがゆえか?



 そして、ある程度距離が狭まった間合いになり――



「わたしが……お前ごときにビビるわけないだろぉがああああっ!」



 鳥谷先輩は鋭く身体を旋回させて飛び跳ね、カウンターのような後ろ蹴りで雪之城の顔面を打ち抜いた。



「へばふっ――!?」



 ぴくんぴくん。



 鳥谷先輩の蹴りが華麗にヒットした雪之城はもんどりうって転がり、それから立ち上がることはなかった。



「寝言は寝て言いやがれ! 三下がッ!」



 鳥谷先輩はふんすと鼻を鳴らして足下で大の字に伸びている元四天王に言い放つ。


 悪魔だと思われる存在が抜けた後の雪之城にはカチカチ強度のボディはなく、鳥谷先輩の後ろ蹴り一発であっさり気絶したのであった。




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