第128話『発光現象』




「ちっ! チョコマカと! 相変わらず勘のいいガキね!」


 鳥谷先輩は視界が見えていないにも関わらず雪之城の追撃を防いでいた。

 拳をガードし、蹴りを避け、上手く立ち回っている。

 恐らく気配や足音などで判断しているのだろう。


 大したもんだぜ。


「ごはっ……!」


 だが、そんな神経をすり減らすような芸当がいつまでも続けられるはずがない。


 ついには対応が遅れ、雪之城の蹴りが腰にヒットしてしまう。


「やぁっと動きが鈍ったわねぇ!」


 蹴りを浴びた痛みで動きの止まった鳥谷先輩に雪之城はアッパーを放って追い打ちをかけにいく。


「くそっ……!」


 鳥谷先輩は咄嗟の勘でトンファーを構えて腹部を守り完全な直撃を回避した。


 だが、今回は力を逃すような重心移動をする暇もなく食らってしまった。


 トンファー越しであっても鋼鉄のドアをヘコませる拳の威力は甚大のようで、彼女は両手に握っていたトンファーを取り落とす。


「まったく、余計な手間かけさせてくれちゃって……」


 フラつく鳥谷先輩の手首を掴むと、雪之城は鳥谷先輩の腕を後ろに回し、関節を決めて拘束した。


 片腕一本でもホールドできるような形にまでもっていかれ、鳥谷先輩は背中に回された腕をほどくことができなくなる。


「アナタって本当に目障りだわぁ! 特にこの旧制服の学帽! 奇抜な格好で目立とうとしてんじゃないわよ!!」


 雪之城は鳥谷先輩を罵倒し、彼女の頭から帽子を剥ぎ取った。


「やめろ……! 返せ! それに、触るな……!」


 鳥谷先輩が必死に抵抗を試みて暴れるも、ガッチリ絡まった腕の拘束は体格差も相まってほどける様子はない。


「あらあら? そんなにこの帽子が大事なのぉ? だったらぁ――」


 雪之城は鳥谷先輩をぶん投げて地面に転がすと、帽子を屋上に叩きつける。


「あなたにとって大事なら、グシャって踏み潰してあげるわ!」


 高笑いを浮かべた雪之城は帽子に向かって足を振り下ろした。


「やめろ! その帽子は――!」


 鳥谷先輩は雪之城を止めようとするも、視界の確保ができていないせいで正確な位置の把握に手間取り出遅れてしまう。


 これは仕方ない……!


 俺は転移で移動し、鳥谷先輩の学帽を踏みつけようとしていた雪之城の足首を掴んだ。


「なっ、アナタいつの間に……!」


 一瞬で目の前にきた俺の存在にたじろぐ雪之城。


「割り込んで悪いんだけどよ、これは勝敗と関係ないところだからさ」


 俺は帽子を拾い上げると、彼の足を手放した。

 もちろん、花園にやったみたいに放り投げるヘマはしないぜ?

 そっとリリースしたさ。


「鳥谷先輩。見ていろって言われたのに出しゃばってすみません。けど、帽子を確保した後はもう邪魔しないんで」


「しんじょー……」


「な、舐めてくれちゃってぇ!」


 介入しておきながらギャラリーに戻ろうとするハンパを許すまじと思ったのか、雪之城は俺に殴りかかってこようとする。


 俺はそんな雪之城の背後に素早く回り込み、ヒュンッと手刀でやつの髪を結んでいるゴムを切ってやった。


 バサリと下りてくる雪之城の紫カラーの髪。


「ア、アナタ……今どんな動きをして……!?」


 目を見開いて俺を見る雪之城。

 これで俺の馬王としての地位はハッタリだけで得たものじゃないと察したかな。

 察しないようだったら、こいつが四天王に数えられていたことこそがハッタリだろう。


「お前の相手は俺じゃない。鳥谷先輩だ」


 トンファーを拾い、立ち上がって再び戦闘準備を整えた鳥谷先輩を指差して俺は言った。


「くっ、鳥谷ケイティの仲間だけあって、アナタも相当腹立つ性根をしてるわねぇ……!」


 こめかみをヒクつかせ、俺に対する負の感情を昂ぶらせる雪之城。

 これはなんか、あんまり俺との実力差を把握できていないような気がする……。

 それともわかった上で立ち向かおうとしているのか。


 後者ならまだ救いはあるが果たして……。


「おい、雪之城ッ!」


 鳥谷先輩がよく通る声で叫ぶ。


 そして、


「しんじょーは馬飼学園の王だ。三下が軽々しく相手をしてもらえるような男じゃないぞ! 挑戦したいならまずわたしを倒してからにしろ!」


 目を閉じたまま、ニッと口角を上げてそう宣告した。


「きいいいい! 誰が三下よ! ア、アナタがアタシから四天王を――!」


 雪之城は鳥谷先輩の言葉によって激昂。


 憤怒の形相を浮かべて駆け出していく。


「馬飼学園四天王の座はもともとアタシのものだったんだからぁ!」


「鳥谷先輩、帽子は俺が預かっておきますから心置きなくどうぞ!」


「ああ、助かったぞ。みっともないところを見せてしまった。だけどここからは――」


 鳥谷先輩はスゥっと息を吐き、気合いを入れ直すように低く腰を落とす。


「しんじょー! 見ててくれ! わたしは勝つ! どんな状況であっても……こんなやつに負ける姿をお前には絶対見せないから!」


 鳥谷先輩がそんな強い決意を呼号すると、突如、彼女の全身から目映い光が放たれた。


 ワッツ!? なにこれぇ? 


 まるで聖剣を彷彿とさせる発光現象を鳥谷先輩がボディで引き起こしちゃったぞ……。


「ぐ、ぐあああああああっ!」


 鳥谷先輩の発光は一瞬で収まった。


 しかし、その光を真正面から浴びた雪之城は目を覆い、苦しみに悶えた声を上げ始める。


 あいつどうしたんだ……?


 雪之城は頭を抱え込みながら後退し、なにかブツクサ言っている。


「ちょっと……待ちなさいよ……帰る? どういうこと!?」。


 まるで誰かと喋っているかのようなセリフ。


「まだ望みは叶ってないのよ! はぁ? このままだと存在が消されそうだから? バカ言わないで! 対価は支払ったでしょ! 返す? 今さらそんなの許さな――」


 雪之城は頭を掻きむしって『あああああああっ!』と断末魔のような叫びを上げた。

 そして、地面に両膝を着いて崩れ落ちる。

 おお……? どうなった……? 大丈夫なのか? 俺が注視していると――


「ぐぅ……くそっくそっ。あのクソ悪魔めぇ……勝手に逃げやがってぇえええええ……! があああああああああああああああっ!」


 雪之城は心の底から苛立った様子で空に向かって咆哮を上げた。

 ありゃあ? なんかあいつ、声が男前な感じになってね……?

 高めだった声が低いイケボに変化している。


 あと、若干筋肉が萎んで全身が細くなった気がする。

 …………。

 うーん。


 あれだなぁ……。

 対価ってワードをヤツが口走ったときから薄々そうかと思っていたが。

 やっぱそうっぽいなぁ。クソ悪魔って言ってたし。


 雪之城に力を授けたのって悪魔だよね?


 戦うスタイルが違うからダンタリオンではないだろうけど、もしかして現代に悪魔ってちらほら紛れ込んでるのかな。


 ま、俺には関係ないから深くは突っ込んでいきませんが。





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