第127話『アカンすよ!』
「どりゃどりゃどりゃあっ!」
それから、鳥谷先輩は腹部や首、足などを連打していった。
だが、雪之城は変わらず涼しい顔をして受け止めていた。
マジで全然効いてねえ……。
トンファーで殴られて痛くないとかあいつちょっとおかしいだろ。
まあ、俺も70メートルの熊に弾き飛ばされて痛くなかったんですけど。
「だったらここはどうだぁ――!」
鳥谷先輩は雪之城の右足と左足の真ん中……要するに股間に蹴りを入れた。
その動作には一切の躊躇いも容赦もなかった。
う、うわあああ! 鳥谷先輩! さすがにそこはアカンすよ!
俺は思わず内股になり雪之城に同情した。
しかし――
「うふふ、残念だったわねぇ……そこはもうアタシにとって弱点じゃないのよぉ」
鳥谷先輩の足の甲が股に当たったまま、雪之城は本当にノーダメージであるかのように振る舞っていた。
「ちっ……どうなってんだ……? 男はそこが弱いんじゃないのか?」
スッと足を戻しつつ、鳥谷先輩は急所攻撃が効かなかったことを不思議がる。
いや、ホントなんで効いてないの……?
あれか? コツカケとかいうやつが使えるの?
俺が困惑していると雪之城が口を開いた。
「わからないの? 言ったでしょう? 対価を支払ったってね! そういうこと……よ」
フッと哀愁漂う顔つき。
雪之城の言葉で俺はハッとする。
彼が対価に差し出したのってまさか……。
昔は違ったオネェ言葉。効かない金的。ここから導き出される結論は――
「いや、全然意味がわかんないぞ……!?」
鳥谷先輩は首を傾げて頭の周りにハテナを浮かべていた。
恐らく、彼女はそこが急所であるということは理解しているが、どうしてそこが急所たり得るのかは深く認識していないのだろう……。
どうか意味がわからないままのあなたでいて下さい。
急所にも攻撃が通らないことを理解した鳥谷先輩はしばし逡巡していた。
ブツブツと『あーしてこーして……』と呟いた後、
小さく『よし!』と唱え、
「うりゃあああああああっ!」
鳥谷先輩は助走をつけて身体を捻らせながら驚異的なジャンプをした。
そして雪之城の脳天を打ち抜く。
これジャンプのギネス狙えるんじゃね……と思うくらいの高い跳躍であった。
「ぐあっ……」
落下の勢いと身体の回転速度を利用して筋力を凌駕する威力を生み出した鳥谷先輩の一撃は雪之城に届いたようだ。
雪之城はよろめき、片膝を着く体勢になる。
「ハアハア……どうだ……! お前も強くなったかもしれないが、わたしだって一年前と同じじゃないんだぞ!」
一気に力を爆発させたせいなのか、鳥谷先輩は若干呼吸を乱れさせつつ、うずくまる雪之城の前に立った。
「やるじゃあないの……最強の力を手に入れたアタシがよろめくことになるとは思わなかったわ……」
想定外に膝を地に接触させられた雪之城は俯いたまま悔しげな声を漏らす。
「あれをまともに食らったんだ。もう立てないだろ? けど、お前も慢心して避けなかったせいで負けたのは不本意だと思う」
「…………」
「だから、再戦したいならいつでも受け付けてやるよ。その代わり将棋ボクシング文芸には二度とちょっかいをかけるな。直接わたしのところに来い」
「ハハハ……いつでも……来い……? ほんと、アンタのそういう青臭いところがバカすぎて腹立つのよ!」
雪之城はガバッと顔を上げると、尻ポケットから取り出した小型のスプレー缶を鳥谷先輩に向けてプシューっと吹きかけた。
「ぐっ! ごほっ! けほっ! お前っ……! ご、んっ、な、ものまでッ!」
鳥谷先輩は目を押さえ込みながらヨタヨタと後方に下がっていく。
あれは……催涙スプレーか?
鳥谷先輩は咳き込み涙を流しながら息苦しそうに顔を覆っている。
雪之城の野郎め……!
油断させておいて鳥谷先輩が近づくタイミングを狙っていたのか……。
「アハハ! まさか卑怯だなんて言わないわよねぇ!? だってこれは喧嘩なのよぉ? 使える手段は何だって使うのが当たり前でしょう? ルールに則ったスポーツじゃないんだから、勝てばよかろうなのよぉ!」
勝ち誇ったように高笑いを上げる雪之城。
鳥谷先輩は目をやられて前が見えない様子だ。
閉じたままの瞳でキョロキョロと探るように左右を警戒している。
鳥谷先輩の喧嘩だって言ってたけど、こうなってしまってはもう見ている場合ではない。
「しんじょー! 手を出すな! わたしなら平気だ!」
俺が参戦しようと足を踏み出しかけたところで鳥谷先輩がそう叫んだ。
俺はグッとその踏み出しかけた足を止める。
鳥谷先輩はまだ諦めてないのか……!
「しばらくは前が見えないでしょう!? 平気なわけないじゃないお馬鹿さん!」
雪之城は視界を閉ざされた鳥谷先輩に対して容赦なく襲いかかっていった。
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