第132話『爽やかでいい朝』



◇◇◇◇◇



 雪之城一派との小競り合いから一晩が経ち、翌日。


 俺が登校すると、校門付近にずらっと並ぶ男子生徒たちがいた。


「おはようございます!」

「おはようございます!」

「おはようございやす!」

 


 彼らは顔を歪めながら必死に声を張り上げ、ひたすら校門を通る生徒に向かって挨拶をしていた。


 どうやら雪之城に加担した一年生から三年生までの不良たちは騒動を引き起こした罰として風紀委員監視のもと、挨拶や清掃活動に従事させられることになったらしい。


「こらそこのぉ! 『やす』じゃない! しっかりとした言葉遣いで挨拶をしろ!」


「申し訳ありません! おはようございます! おはようございます!」


「そうだ! やればできるじゃないか! さすがだ!  僕の目に狂いはなかった!」


「はい! ありがとうございます! 大きな男になりますぅ!」


 風紀委員の生徒に至らぬ点を厳しく指導され、時折褒められ、不良は涙ながらに感謝を述べて再び挨拶の声を張り上げる。


 風紀委員と不良たちの間に確かな絆が生まれていくドラマがそこにあった。

 その光景は前にネットで見た某餃子チェーン店の新人研修を思い起こさせた。

 ほんと泣ける。


「やあ、新庄君、おはよう、今日も爽やかでいい朝だな!」


「…………」


 俺の存在に気がついた風魔先輩が竹刀を持った立ち姿で晴れやかに挨拶をしてきた。

 その微笑みと佇まいは大和撫子然とした凜々しい美しさがあった。

 いや、あんた隣で禍々しい挨拶マシーンになってる不良たちが見えねえのかよ。


 爽やかとはかけ離れた朝になってるんですけど。



「あ、見て見て。C組の池永君、実は不良だったんだって」

「沼地君もなんでしょ? 全然気がつかなかった!」

「ノリのいいイケメンだと思ってたのにショックぅ」

「D組の坂本君もそうなんだってぇ。鉄パイプ持って暴れてたってこわいよねー」



 一年生の女子たちが通り過ぎ様に挨拶ロボットたちを見てヒソヒソ話している。


 本人たちは声を張り上げるのに必死で聞こえていない様子だが……。


 隠れ不良だった池永や沼地を始めとする一年生たちはここが勝負どころと判断して本性を現わした。


 にも関わらず、彼らは結局何の地位も名声も得ることはできなかった。


 ただ単に真面目なタイプの同級生たちから『実はやばいやつだった』と認識を改められただけで終わったのである……。


 まあ、同情はしないでおこう。






◇◇◇◇◇





 雪之城の乱から一週間が経った。


 あれから雪之城は牙が抜けたようにすっかり大人しくなっているらしい。


 彼の不良的な態度は鳴りを潜め、学校では誰とも関わらず真面目に授業を受けて、ひっそりと登下校を繰り返すだけの存在になっているのだとか。


 髪を黒く戻し、校則通りに制服を身につけ、時折何かに怯えたようにオドオドしている姿を俺も校舎内で二回ほど見かけた。


 教室まで雪之城の様子を見物しに行ったという花園一派の三人組は『あのヤロー、隠居したジジイみたいになってたぜ!』と彼の現況を表現していた。


 わざわざ野次馬しに行くとか趣味悪いよなぁ……。


 けど、こうやって大人しくするようになっても面白おかしく動向を追われる羽目になるのだから、やっぱり悪いことはするもんじゃないですわ。






 ちなみに、風魔先輩に聞いたのだが……。


 どうにも『雪月風花』なる旧四天王の呼称は雪之城が自分の派閥の者たちに指示して広めさせた自演の疑いがあるそうだ。


 四天王の枠組みを作り、自らをその中に定着させることで外堀を埋めて地位の確立を目論む策略だったのではないかと。


 そんなことが……とも思ったが、雪月風花が雪之城発案だとするならいろいろ納得がいく面もある。


 月光、風魔先輩、花園たちが一年生の頃すでに三強とされていたのに、雪之城はなぜそこに名前が出ていなかったのかとか。


 あと、さり気に雪の字が先頭にくるネーミング……。

 なんというか、終始しょうもない小細工ばかりやる男だったんだなぁ。

 そういう処世術を完全に否定するつもりはないが、一角の人物になりたいのならそれなりの格が求められるだろう。


 花鳥風月の面々ほどではないにしろ、派閥を形成できるくらいには学園内で抜きん出た力を持っていたのに鳥谷先輩が彼を三下呼ばわりしていたのはそこら辺の振る舞いが理由だったんじゃないかな?


 自分が広めようとしたネーミングを下敷きにしたと思われる『花鳥風月』の呼称が特に作為もなく勝手に浸透していたのを見て、雪之城はどんな気持ちだったのか。


 己の器を突きつけられる現実はなかなかに耐え難いものがあったのではと推察する。


 だからといって、あいつの狼藉に情状酌量の余地があったとはならないけれど。





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