第133話『ついて行けるだろうか……彼らの世界のスピードに……』





◇◇◇◇◇



 さて、いきなりだが今日は九月の下旬。

 来週の十月上旬には文化祭も控えたそんな時期。

 俺は宮廷岬から送られてきたチケットを持ってライブ会場に来ていた。


 宮廷岬――


 俺を山の神だと思い込み、俺の言葉を曲解して街の不良をしばき倒していたやばい女。


 だが、そんな彼女の本業は国民的アイドルグループのセンターであり、俺は彼女の招待の圧力に負けて今ここにいる。


「おお、すげえ熱気だ……」


 会場であるドーム内に入り、自分の座席を探しながらウロウロする俺は周囲にいるファンたちのオーラに圧倒される。


 なんか、タダで見れるんなら行ってみるかくらいの心持ちでやってきてしまったのが非常に申し訳なくなるな……。


 俺がいていいいの? みたいな心境っていうか。


 スタンドを彷徨い、チケットと同じ番号の自席を見つけた俺は腰を落として一息つく。


 すると、


「あれ? 新庄じゃねえの?」


「ん?」


 左隣の席に座る男から声をかけられた。

 振り向くと、そこには知ってる筋肉がいた。

 灰色の髪をしたガタイのいいムキムキ。


「月光……!?」


 そう――俺の隣には馬飼学園四天王最強の男、月光雷鳳がいたのである。


 彼は黄色のハッピを羽織っていて、その体格以外はすっかり会場の空気に馴染んでいた。


 こんなところでこいつと出くわすなんてまったくの予想外だぜ。


「おや、馬王もEAA9のファンだったのですか? これはまた奇遇ですね」


 さらに月光の隣には彼の友人の爽やか茶髪眼鏡もいた。

 茶髪眼鏡はピンク色のハッピを着ている。

 えーと、こいつの名前なんだっけぇ?


「僕は雷鳳の友人の不動と言います。以後お見知りおきを……」


 俺の脳内に自分の名前が浮かんでいないことを察したのか、茶髪眼鏡こと不動はクイッと眼鏡のポジションを整えながら自己紹介をしてきた。


「あ、ああ、どうもよろしく……」


 馬王『も』ってことはこいつらファンなのか。

 まあ、会場にいるんだから普通はそうだろう。

 残念ながら俺は違うのだが。申告するタイミングを逃してしまった。


 しかし、まさか月光たちにこんな趣味が……。

 いや、思い返せば月光は俺の地元で会ったときにアイドルが趣味とか言ってたかも……。

 あれ? そういえば河川敷でのバトルのときはもう一人いたよな?


 バンダナをつけた月光よりも若干ガタイのいいゴリラその2も仲間にいたはずだ。


 彼は一緒ではないのだろうか?


「神門か? あいつは三次元には興味ないからよ。こういうのには来ねえんだ。キャラ名義でやる声優ユニットのライブには一緒に行ったりするんだが」


「その場合は僕と相容れないんですよね。雷鳳は二次元・三次元問わず趣味が多岐に渡りますけど僕はアニメを見ないので……」


 なんか俺とは縁遠い趣向の住み分けの話をされている……。

 というか、こいつらこんなんだったのかよ。

 四天王の中で頭一つ抜けた力を持つ男が仕切る馬飼学園の少数精鋭派閥。


 それが二次元がどうとか三次元がどうとかを熱心に語るドルオタとアニオタで構成されたグループだったなんて誰が思うだろうか。


 ひょっとしたら俺が知らなかっただけで不良界隈では知られた話なのかな。


 こいつらの態度的に隠してる様子もなさそうだし。





 そうこうしているうちに開演時間となった。


「うし、そろそろ始まるな!」


 そう言って、月光は鞄から取り出したハチマキを頭に巻き付けペンライトを構える。


 不動も同じように武装を整えていた。


「新庄、お前手ぶらじゃねえか! グッズは持って来てねえのか?」


 何も持っていない俺を見て、月光が声を掛けてくる。


「えーと……なんか持ってないとまずかったのか?」


 物販などもやっていたが、何が何だかわからなかったのでスルーしてきてしまった。


 もしや俺の行為はマナー違反だった……?


「いや……絶対に駄目ってわけじゃねえが、やっぱあったほうが気分上がるぜ? そうだ、ペンライト貸してやるよ。ほら、お前は誰推しなんだ?」


 推し……? 誰のファンなのかという意味であってるだろうか?


「強いて言うなら宮廷岬って人かな」


 ここは一応、誘ってくれた本人の名前を挙げておこう。


 というか、彼女以外のメンバー知らないし。


「一番人気の岬ちゃんか! そんじゃあ青色だな!」


 月光は鞄をゴソゴソと探ってペンライトを二本取り出して俺に手渡してくる。


 こういうのってもしかして貸す用で予備を持ってんのかな……?


「色とかって関係あるの?」


 受け取ったペンライトをしげしげと見つめながら俺は訊ねた。


「おうよ! メンバーにはそれぞれ決まったカラーがあるからな。ちなみにオレの場合はメンバー最年少の結愛ちゃんが推しだから黄色!」


「僕は最年長でリーダーの恵さんが推しなのでピンク!」


 ペンライトを握った手を身体の前で交差させながら彼らはアピってきた。


 そういうもんなんだ……。


「新庄、お前、もしかしてこういうライブは初めてか?」


 俺の無知連発で察したのか、月光が看破して問いかけてくる。


「ああ、実は偶然知り合いにチケットをもらっただけだからよく知らないんだよ」


 変に知ったかぶっても仕方ないので俺は正直に告白した。

 彼らはなんか手慣れてそうだし、会場での正しい振る舞いを指南して貰えるかもしれん。

 ここは素直になっておくべき場面だろう。


「ほう、新規勢かっ! そんならオレたちに任せろ!」


「僕らがしっかりレクチャーして差し上げますよ!」


 食い気味に言われ、俺は気圧されながら頷いた。


 ついて行けるだろうか……彼らの世界のスピードに……。



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