第56.25話『元勇者VS四天王最強①』






◇◇◇◇◇



 これは結城優紗が新庄怜央に電話をかけてくる数時間前の出来事――





「江入さん、あいつと家が近くなってたんだ……」


 新庄怜央たちと分岐点で別れた優紗は、一人になった帰路で何と表現してよいのかわからない複雑な感情を渦巻かせていた。


 新庄怜央と江入杏南。


 最近、両者の距離感が微妙に遠慮のないものになっている気がしていたが……。


 その直感を裏付けるかのような事実は、なぜか優紗の心にささくれだった何かを生み出していた。


「前まではあたしがダントツで遠慮されてない感じだったのに……」


 そういう扱われ方がよいことなのかはさておき。


 異世界での秘密を共有していて、自分がもっとも新庄怜央と気が置けない間柄だと思っていたところに発生した二人の関係性の変化。



 ――いつの間に彼らは親睦を深めたのだろう?



 心当たりとして浮かぶのは江入杏奈の家の事情を新庄怜央が解決した辺り。そこでどういうやり取りがあったのか優紗は知らない。



「…………」



 弱火でふつふつと茹だってくる、どことなく面白くないという思い。


 これは決して嫉妬などではなく、自分の与り知らぬところで起きた変化に戸惑っているだけのはずだが……。


 優紗は形容できない意識をぶつけるように道端の小石を軽く蹴り飛ばした。



 カタンカタン。



 優紗の蹴った小石は前方に立っていた男性の足下に転がっていく。

 ああ、しまった、変なところに飛んでしまった。

 あれでは続けて蹴ることができない――


 優紗がちょっぴり残念に思っていると、



「結城優紗さんですね? ちょっとよろしいですか?」



 なぜかその男から名前を呼ばれた。



「…………」



 ナンパだろうか? 


 小学生のときはたまに、中学生ではたびたび、高校生になってからは頻繁に声をかけられるようになっていた優紗はうんざりした表情を取り繕うこともなく相手の顔を見た。


 短い茶髪にオサレ眼鏡。

 およそナンパをしてくるタイプには見えない爽やかでマジメそうな優男がそこにいた。

 背はそこそこ高く、身だしなみの清潔感もある。


 普通にしていれば恐らくイケメンと呼ばれる部類に入る男だろう。


 しかし――


「ちょっと忙しいんで無理ですねー」


 どんな外見であろうと、ナンパをしてくるような男はお断りというポリシーを持つ優紗は素っ気なく対応した。


(あれ? 待って? そういえばこの人、あたしの名前なんで知ってるの? こっわ……)


 そして、不可解な点にも気がついて警戒度をグンと上げていく。


「ああ、そう身構えないで下さい。一応、僕も馬飼学園の生徒なんですから。君の先輩ですよ。ほら、よく見て。制服とネクタイも馬飼学園のでしょ? 僕は三年生の……」


「同じ学校の人でも知らない人についていくほど不用心じゃありませんので」


 優紗にとって馬飼学園の生徒だということは大して安心できる要素ではなかった。


 なぜなら、入学して一ヶ月も経っていない頃、優紗がクラスの友人たちとカラオケをしていたところに


『オレたちもオナ高でっすぅ! シクヨロ~! ウェイ、混ぜて~』


 などと言いながら乗り込んできた無礼な上級生男子たちがいたから。


 非常に腹立たしく、優紗はイカリングを投げつけて部屋を追い出してやったのを覚えている。


「うーん、そこを何とかお願いできませんか? うちの大将――月光雷鳳があなたに会いたいと言っているんですよ」


 月光雷鳳。


 その名前は今日、部室で話題に出てきたばかりだった。


「月光って、四天王の……?」


「そう、それです! 馬飼学園で最強と呼ばれているその男ですよ!」


 優紗が初めて関心を示したことで優男の眼鏡は前のめりになる。


「ふうん、最強ねぇ」


「おや、何か言いたげですね?」


「別にそんなことないわ」


 優紗は本物の最強が誰かを知っている。

 そんな彼女にとって、他の人間がそう呼ばれているというのはなんとも噴飯物な話であった。

 わざわざ口に出して否定することまではしないが。


「で、その最強さんがあたしを呼んでるって? ナンパならお断りなんだけど?」


「フッ、どうやら四天王に近づきたい馬鹿共と違って、あなたには言葉を濁さず本当の理由を言ったほうがいいみたいですね」


「…………」


「彼が会いたがっているのは口説くためではありません。月光は――あなたの強さに興味を持ったんです、好敵手候補の一人としてね」


「へえ……なるほど、面白いじゃない?」


 優紗はニヤリと笑った。


 四天王で最強の不良なら、この行き場のないモヤモヤした感情をぶつけて発散するのにちょうどいい相手となるだろう。


 少なくとも、小石よりは確実に――





 優紗が優男眼鏡に連れられてやってきたのは人気の少ない地域にある廃材置き場だった。


 移動している間に時間は経ち、日も沈んだ。


 廃材置き場の周辺は築年数の古い建物や工場ばかりが並ぶ、あまり治安がいいとはいえない場所だった。


 勇者としての力を持つ前であったら、間違いなく明るい時間帯でも警戒して立ち寄ることはなかっただろう。


「こんなところに女子高生を呼びつけるなんて、あんたのボスは紳士的ね」


「ハハハ……」


 優紗の皮肉に困ったように笑う優男眼鏡。

 そういえば彼の名前を結局聞いていないことに優紗は気がつく。

 まあ、別に知らなくてもいいし、目的地に着いて彼の仲間が呼べばすぐわかることだ。


 優紗はそう思って特に改めて訊ねることはしなかった。


「雷鳳、どうにかついてきてもらえましたよ」


 優男眼鏡が声をかけた先には二つの人影があった。


 トラックのコンテナ、廃棄された自動車、タイヤなどが積まれる雑然とした空間に輩どもがたむろっているというのは何となく物々しい雰囲気だった。


「おお! やっと来たか! うっかり寝ちまうところだったぜ」


 人影の一人、乱雑に置かれたドラム缶の一つに腰掛けた灰色の髪の男が返事をした。


 優男眼鏡よりも高い身長、逆立った髪型、タンクトップから垣間見える発達した肩、腕、胸、背中の筋肉。


 それらの外見は彼を第一印象で強者と連想させるのに大きく貢献していた。


「…………」


 もう一人は頭にオレンジ色のバンダナを巻いた長髪の男。


 こちらも筋骨隆々という表現が似合う益荒男で、阿修羅像を彷彿とさせる厳めしい顔つきをしながら黙り込んでいた。


 バンダナの男は袖の千切れたノースリーブのデニムジャケットを着ていたが、デニムジャケットの下にはシャツなどの肌着を着ておらず、優紗はなかなかに攻めたセンスだなと思った。




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