第70話『月光の来訪』
「なあ、しんじょー。ちょっとアレ、あいつ何か見覚えないか?」
「え? なんです?」
改札を出て、祖父が近所の人から借りてきたというワゴン車に荷物を詰め込んでいると、鳥谷先輩が俺の服の袖をクイクイッと引っ張りながら囁いてきた。
彼女の示す視線の先を見ると――
「おーい、もしかして鳥谷かぁ!? ん? 新庄もいるのか? お前ら奇遇だなぁ!」
どこかで見たことがある灰色の髪のムキムキヤローが陽気な声で近づいてきていた。
筋肉こそが最大のファッションと言わんばかりのタンクトップ姿。
パンパンに膨らんだバックパックを背負ったマッスルメンズ。
「ええっ? なんであいつがこんなところに……?」
四天王で最強の男と呼ばれる不良、月光雷鳳がなぜか俺の地元の駅にいた。
「げっ、嘘でしょ……ありえないわ……」
結城優紗も月光には苦手意識を持っているのか苦み走った顔になる。
「おっ、なんだ鳥谷、今日は随分と可愛らしい服着てんじゃねーの」
鳥谷先輩の白ワンピお嬢様ファッションを見て月光が茶化すように笑う。
「うるさい! これはお前に見せるために着てるんじゃないんだ! こっち見んな!」
さながら、怒れるコーギー犬のごとき獰猛さで鳥谷先輩は月光を睨んだ。
「月光、お前、なんでここにいるんだよ」
まさかこいつもストーカーかと危惧しながら俺は訊ねる。
「いやほら、この駅から撮れる電車をフィルムに収めたくてよ。ちょっくら遠征してきたんだ。割といい感じの一枚が撮れたぜ」
首から下げた一眼レフを撫でながら月光は言った。
これは俺の地元にいたのは偶然……なのか……?
「なんだよ、お前、電車とか好きなの?」
「ああ、それなりに好きだぜ? 他には特撮とカードゲームも好きかな。あとアイドルも」
「…………」
どうやら、月光という男は不良のくせに意外と多趣味らしかった。
てっきり喧嘩と筋トレだけが生き甲斐の人間かと思ってたよ。
「ま、本職の方々と比べるとニワカもいいとこだけどよ」
へへへっと鼻の下を擦りながら照れくさそうにはにかむ月光。
本職……?
その辺の趣味って職なの? なんかこわ……。
「で、お前らはどうしたんだ? なんだか大勢で揃ってやがるが……」
「月光君、お久しぶりっす!」
酒井先輩が体育会系の後輩みたいなノリで月光に声をかけた。
「おお、酒井じゃねーか。お前も一緒ってこりゃ本当に何の集まりだ?」
え? 酒井先輩と月光は知り合いだったの?
「去年はたまにボクシング部に遊びに行ってたんだよ。な?」
「月光君はインターハイにもいないレベルで強いからマジでいい練習になったっす!」
ほんわかした空気が二人の間にはあった。
どうやら彼らは割と良好な先輩後輩の関係であったらしい。
意外な事実だ。
「酒井はボクシングのルールでやったらかなり手強いからな。オレもちょくちょく危ないときがある」
酒井先輩、この人間を卒業しかけてるゴリラとボクシングでならそんなに戦えるのか。
俺は本気の酒井先輩を見たことはない。
だが、インターハイ優勝の実績は伊達ではないようだ。
「月光君、また部室に来てくださいよ。スパーの相手になってほしいっす」
「でも、今は他の部と合同の部室なんだろ? お前だけじゃないならあんまり部外者が顔を出すのもなぁ」
こいつってタクシーの運賃出したりとか、さり気に配慮しようとするよね……。
よくわからんやつだ。
「丸出! 江入! 月光君が練習相手に時々来てもいいよな!?」
「まあ、構いませんけど……」
「特に気にはしない」
いきなり振られた丸出さんと江入さんは別段否定もなく了承する。
そもそも鳥谷先輩の舎弟さんたちも頻繁に出入りしてるしな。
酒井先輩にも実力のある相手との練習は必要だから断る理由がないのだろう。
「あ、そっか。これってもしかして、その合同になった部活の旅行か何かか?」
酒井先輩が江入さんと丸出さんに確認を取ったことで月光は察したらしい。
「そうだよ、これから将棋ボクシング文芸部の合宿を俺の実家でやるんだ。ここは俺の地元の最寄り駅だからさ」
まさかの月光の来訪だったが、まあいるもんは仕方ないので普通に応対することにした。
「へえ、ここってお前の地元だったのか。そいつは知らなかったな……」
素直に驚いた様子の月光。
やはりこいつが駅にいたのは偶然だったようだ。
ストーカーじゃなくて一安心。
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