第122話『鳥谷先輩の危機』




◇◇◇◇◇



 鳥谷先輩、無事でいてくれ――ッ!

 俺は階段を駆け下り、鳥谷先輩が襲われているという場所に向かう。

 

「鳥谷先輩! 大丈夫ですか!?」



 俺が校舎裏に駆けつけると――



「お、しんじょーじゃないか。なんだ、助太刀に来てくれたのか?」



 夏休みが終わり、学帽をかぶって学ランを肩に羽織るスタイルが復活した鳥谷先輩が朗らかな声で俺を出迎えてくれた。


 あ、あれぇ……?


「せっかく来てくれたけど、もうとっくに全部終わっちゃったぞ?」


 鳥谷先輩はそう言うとトンファーを華麗に回転させ、麺の水切りでもするように強く振って棒部分に付着した赤い液体をピッと弾き飛ばす。


「…………」


 俺が想像していたような鳥谷先輩の危機はそこにはなかった。


 目の前にあるのは、十数人ほどの男子生徒が呻きながら地面に転がる死屍累々の山だけ。


 これはどういう状況だ?


 もしかしてこの惨状は鳥谷先輩が一人でやったのか……?


「と、鳥谷先輩、平気だったんですか? こんな大人数相手に――」


「ん? ああ、全然大したことなかったなぁ。この程度のやつらが何人集まったって負けるわけないさ」


 俺が身を案じる発言をするも、鳥谷先輩は至って当然の作業を済ませただけと言わんばかりの口調である。


 マジでか……。


 そういえば俺は鳥谷先輩の身体能力の高さは幾度も目の当たりにしたが、実際に彼女の実力を見たことはなかった。


 俺が到着したときの姿からするに、鳥谷先輩は頭に被った学帽と肩に羽織った学ランを落とさず一年生軍団をぶっ倒したと見受けられる。


 それは彼女にとって一年生軍団がどれだけ脅威でなかったかを物語っていた。

 一般ヤンキーと比べたら、こんなに圧倒的差があるのか……。

 よく考えたら鳥谷先輩は四天王で唯一の二年生。


 つまり、彼女は一年生の時点で四天王として月光や風魔先輩などと同列に評価されるくらいその他大勢と比べて隔絶した実力を誇っていたということ。


 なら、これくらいの飛び抜けた強さであっても不思議なことではないのかもしれない。

 不思議なことではないはずなのに……。

 なんで俺は驚いているんだろう。


 鳥谷先輩が四天王であることは最初から知っていたはずなのに。

 なんだか、ある種の衝撃を受けている。

 というか、ここまで走ってきたけど緊急事態だし転移使えばよかったな。

 焦ってて失念していた。


「果たし状をもらって、タイマンの決闘のつもりでワクワクしながら会いに行ったら武器を持った大人数が待ち受けてたから驚いたけどさ。数以上に一人一人が大したことなさすぎて驚いたぞ」


 俺の困惑をよそに、鳥谷先輩は一年生の隠れ不良たちをバッサリ酷評する。

 ん……いや、ちょっと待て……武器だと?

 見れば校舎裏には釘バットや鉄パイプ、チェーンなどが散乱している。


 こいつら、鳥谷先輩をこんな大勢で取り囲んだ上に凶器まで持ち込んでやがったのか!


 くそったれがぁ……。

 鳥谷先輩のトンファーに対抗する手段だとしても、せめて竹刀とか盾だろ!

 なんだか、めちゃくちゃ許せない感情が腹の底から湧き上がってきた。


 けど、まずはその前に――


「鳥谷先輩、すいません、俺の同級生が迷惑かけて。まさか一年生にこんなたくさん隠れ不良がいたとは知らなくて」


 俺は馬王として、同学年の管理不足について謝罪する。


 望まずになった立場だが、俺がもうちょっと注意深く同級生を見ていれば存在を知って牽制できたかもしれないのだ。


「そんな気にすんなよ。わたしも久々に果たし状を受け取って楽しかったからな。四天王に定着してからは全然勝負を申し込まれてなかったし。特訓の成果も発揮できていい刺激になったさ」


 鳥谷先輩は合宿以降、今までよりも鍛錬をさらに強化して頑張っているらしかった。


 一年生が弱すぎて驚いたと言っていたが、ひょっとしたら鳥谷先輩が成長し、自分のイメージよりも強くなっていたからそういう肩透かしのような感想を抱いたのかもしれないと俺は少し思った。


「しかし、こいつらなんだったんだ? 今年の一年生は大人しいやつらばっかだと思ってたのにいきなりこんな下克上を狙ってくるなんて謎すぎるぞ」


「実はですね……」


 俺は鳥谷先輩に男子トイレで聞いた、一年生の協定と雪之城なる元四天王が興した勢力の話をした。


「なるほど……。確かにあいつは二年生に復学して昔のメンバーに声かけしてたみたいだったけど。こんなに早く今の体制に喧嘩を売ってくるとは……」


 どうやら鳥谷先輩は雪之城の動向をある程度捕捉していたらしい。


 それでも実際に仕掛けてくるのはもっと先だと思っていたようだ。


「月光や風魔すらも退けたしんじょーが馬王に収まっているのに今さらクーデターを引き起こすなんて雪之城は何を考えているんだ……?」


 腕を組んで『むむむ……』と不思議そうに首を傾げる鳥谷先輩。


「ああ、なんか、雪之城一派の間で俺は騙し討ちとかで卑怯にのし上がった、実態は大したことないハッタリ野郎って思われてるみたいですよ。四天王は俺のペテンに騙されて負けを認めただけってあいつらは認識してるっぽいです」


 俺がトイレで聞いた話を自分なりに解釈して噛み砕いて伝えると、


「はぁ!? しんじょーがハッタリ野郎なわけないだろ! というか、わたしたちは強くもないやつに騙されるようなアホじゃない!」


 鳥谷先輩は握った両手の拳をブンブン振り回しながら激昂した。


 地団駄も踏んでいるのでそこそこお怒りの様子である。


 しかし、雪之城とかいう男……。

 学校内でここまで大がかりに仕掛けてくるとはねぇ。

 須藤の言うとおり、本当に厄介なやつかもしれない。


 せっかく平定した学園の治安が再び乱れそうな予感がした。



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