第59話『お前は最高だよぉ!』
◇◇◇◇◇
鳥谷先輩に今日は用事が入ったので行けなくなったという旨を連絡し、俺は月光たちと河川敷にやってきていた。
学校こそ試験後の休みであるが、平日の今日はそこまで河川敷に人はいなかった。
「始める前に一つ訊いておきたい。お前、結城優紗に何をした? 事と次第によっちゃあ、俺はお前を許さないことになるぞ」
「結城優紗? ああ、あの子とならタイマンしてオレが勝った。そんだけだぜ?」
「それだけじゃねえだろ。あいつは酷い辱めを受けたって言っていたぞ」
「ん……? さあな? 何を屈辱に感じるかは人それぞれだからなぁ? オレには何のことだか皆目見当つかねえよ」
月光はすっとぼけた返事をしてくる。
シラを切るつもりか……。
まあ、最初から素直に白状するわけはないよな。
「俺が勝ったら正直に話してもらうぞ」
「だからいちいち覚えてねえよバカヤローが。くだらねえことはいいからさっさとやろうぜ」
月光が構えを取った。
…………。
とりあえず初手。
不良対策の雷魔法で沈めてやる。
初手というか恐らく王手になるだろうけど……。
今日はちょっと強めに――
バチチチッ。
「おっと!」
ザシュッ。
月光は俺が雷魔法を放った瞬間、その場から飛び退いて回避した。
「は? 避けた……?」
「へえ、避けたって言い方をするってことはやっぱ何かをしようとしてたってことだな? お前、気功でも使えたりするのか?」
俺の反応を見て、ニヤリと笑う月光。
しくじったな、ムダな情報を与えてしまった。
「とあっ! ふっ! はっ!」
その後、いくら俺が魔法を放っても月光は驚くべき反射神経で回避し続けた。
俺の魔法の展開速度は生身で避け続けられるほど遅くないと思うんだが……。
というか、魔力を持たない人間には発動の予兆すら感じることができないはずだ。
なのに、こいつは正確に読み取っているかのように立ち回っている。
「お前、なんで何度も避けられるんだよ!」
「勘だ!」
横っ跳びでまたもや免れながら月光は言う。
「勘でどうにかなるわけないだろ!」
「じゃあ気合いだ!」
人がマジメに訊いてるのに勘とか気合いとか適当なことばっか言いやがって。
なんて不誠実なヤローだ!
「そろそろ飽きたぜ! 同じことばっかしてんじゃねえよ!」
電撃を掻い潜って俺の懐に飛び込んできた月光は俺の顔面に一発、ストレートな拳をぶち入れてきた。
血管の浮き出た太い腕をギチギチに膨れさせて繰り出すパンチは普通の人間が食らったらそりゃもうやばいことになっていただろう。
まあ、俺は痛くないけどね。
「は? どうなってんだお前……」
月光は拳を叩き込まれてもまるで堪えていない俺を見ると、殴った自分の右手と交互に眺めて呆気に取られた表情になる。
「四天王で最強かなんか知らないが、蚊が止まったくらいにしか感じなかったぜ?」
トントンと、俺は彼に殴られた頬を指先で叩く。
「ハッ! そんならこれでどうだぁ! オラオラオラオラオラ!」
左右の拳で交互にボコボコと殴打ラッシュが始まった。
月光は大したスタミナを持っているようで、それは何度も何度も何度も何分も続いた。
これはひょっとして俺が泣くまで殴るのをやめないヤツかもしれない。
「はあっはあっ……じゃあ、こいつでどうよッ!」
月光は円盤投げのように大きく背を向けて振りかぶり――
「うらあぁっ!」
アッパーカットに近い要領で俺の腹部に拳を叩き込んできた。
ドムッ!
これもまったく痛くはな……。
んんっ……!?
月光の放ってきたアッパーによる衝撃で、俺の両足はふわっと地面を離れて浮いた。
「おっとっと……」
後方に飛ばされるような形になった俺はバランスを取るために両手を広げてステップを踏む。
嘘だろ?
俺が人間のパワーに押し込まれただと……。
いや、ダメージとかはまったくないけど。
「くそ、今のはちょっといい感覚が掴めたと思ったんだが……ククク……まったく平気ってツラをしてるじゃねえか……」
月光は口角を吊り上げながらブツブツと呟いている。そして――
「オレが全力で殴っても全然効いてねえ! 最高だ! お前は最高だよぉ!」
恍惚とした笑顔を浮かべて叫び出した。
この人、自分の攻撃が通じてないのになんでめちゃくちゃ嬉しそうなの……。
きも……。
「驚きましたね……雷鳳の全力がまったく及ばないなんて……」
「信じられないナリ」
観衆と化していた茶髪眼鏡とバンダナゴリラが第三者視点の感想を述べている。
おい、そのナリってヤツはなんだ?
聞き間違えか……?
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