第60話『言葉の通じない異国に取り残されてしまった男子高校生が現地の人と交流を深めながら自国に帰還しようとするドキュメンタリー』






「この、どれだけ全力で向かっても届きそうにないほどの力の差。まさか、人間相手にまたこんな感覚を味わえるとは思いもしなかった!」


 月光は力の差を感じてとっても喜んでいた。


 ちょっとよくわからないけどそういう性癖のようなものなのかな……。


「サバンナで暴れる象に立ち向かったときでもこんなに差を遠くには感じなかったぞ!」


「サバンナ? 象……?」


 こいつ、象に挑んで生きてんの? 象って人間が張り合えるものか?

 そういえば……江入さんは月光の強さを『地球の生物の範囲内』と言っていた。

 人間の範囲内とは言ってない……。


「ああ、オレは春休みにサバンナに行ってきたんだよ! あと、象の他にもライオンとかスイギュウとも勝負してきたぜ!」


 ドヤ顔でおよそ人間とは思えない武勇伝を語ってくるヤンキー。


「もしかしてお前、ずっとサバンナにいたの? 一学期を丸々休んで? 卒業とか、そういうの考えてないのか……?」


 野生動物と戦ったこともそうだが、こっちも信じられないので俺はつい訊ねてしまった。


 すると、月光は急に達観した表情になって、


「それがなぁ……。聞いてくれよ。オレは『でんわみくらぶ』って旅行会社の格安ツアーに申し込んだんだけどさ。どうやら行きの飛行機に乗っている間に会社が倒産したらしくてよ? 向こうに着いたらガイドも宿泊先も帰りの飛行機も手配されてなくて、現地から自力で帰ってきてくれって平原に放置されちまったんだ」


 ………………。


「最初は何が起こってるのかもわからなくてさ。それでもどうにかこうにか身振り手振りで向こうの人間とコミュニケーション取って事情を把握して……。あっちこち巡りながらいろんな人の助けを借りて、そんで先日ようやく帰国できたってわけなのよ」


 どうやら、彼は『言葉の通じない異国に取り残されてしまった男子高校生が現地の人と交流を深めながら自国に帰還しようとするドキュメンタリー』を体験してきたらしい。


 俺にビビって姿をくらました説まであったが、まさか海外で難民になっていたとは……。


 鳥谷先輩の舎弟さんが見たバックパックを背負った姿というのは、その帰国を成し遂げた直後のことだったのだろう。


「いやーマジで一時は二度と日本の土を踏めないかと思ったね。自分の家で久しぶりに白米と味噌汁を食べたときは感動で涙出た」


 当時の感情を思い出したのか、月光は少しだけ涙ぐんで鼻をすする。


 なんかもう……なにも言えない……。


「でも、帰ってこれたのはいいけどお前の言うように三ヶ月も学校休んじまったわけだろ? こりゃ留年か退学かって覚悟してたんだが、学校に理由を話したら出席日数のこととかは補習と課題で考慮してくれるっていうんだよ! ホント、助かったぜ!」


「ああ、よかったね……」


 俺のときもそうだったけど、馬飼学園って結構懐が深い気がする。




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