第58話『虫の居所』





「よぉ、新庄怜央! オレはお前とずっと会いたいと思ってたんだわ。まさか、こんなところで偶然会えるとは嬉しいぜ!」


 灰色でトゲトゲした髪のレスラーは、さながら俺と須藤を分かつベルリンの壁のように、または二人を引き裂く天の川のように立ち塞がって話しかけてきた。


 おい、そこどけデカブツゥ!

 せっかく近づいてきてくれた須藤が怖がって逃げちゃうだろぉ!

 なんだよテメエ!


 あっ! 須藤が灰色レスラーの襲来に顔を引きつらせてる!

 完全に怯えてるじゃん……。

 こりゃダメだわ。


「オレは、四天王の……か……か、家内安全……? の一人と言われてる、月光雷鳳だ。お前は新庄怜央でいいんだよな? あってるよな?」


 こいつが……月光雷鳳だと……?


 俺は老舗旅館の夜中の共用トイレくらいには不気味に思っている存在と邂逅しちまったのか。


「彼が新庄怜央で間違いないですよ。あと、四天王は花鳥風月です」


「おお、そうか! そんならよかった!」


 月光の斜め後ろにいた茶髪で眼鏡の爽やかメンズが余計な入れ知恵をする。


 ちっ、こいつがいなければ人違いでやり過ごすこともできたのに。


 茶髪眼鏡の彼もそれなりに高身長でまあまあいい体格をしているが、灰色レスラーが圧倒的にデカくて筋肉質であるため相対的に細身の優男に見える。ん? もしかして茶髪眼鏡の隣にいるバンダナのクソデカゴリマッチョも仲間なのか……?


 花園や鳥谷先輩、出美留高校などの不良グループを見てきたが、こいつらだけガタイの作り込みが高校生のソレとは一線を画すものなんだけど。素人じゃないんだけど。絶対、鶏胸肉とかブロッコリーばっか食べてるだろこの連中。


「あ、ああああっ……」


 月光の向こう側に見え隠れする須藤が口をパクパクさせて声にならない声を上げていた。


 俺は須藤に『大丈夫だ』とアイコンタクトを送って近づいてくるなと伝える。

 意図を察した須藤は肩を落としてその場で力なく俯いた。

 そうだ、それでいい……。



「会いたいっていうのは要するにタイマンしようぜって話だろ? いいぜ、やってやるよ、俺は今、虫の居所が悪いんでな」

 


 俺は月光の目を真っ直ぐ見つめ返してそう言った。

 友人関係に修復の兆しが見えかけたところを邪魔してくれやがって!

 それに……結城優紗のこともある……。


 いつもの喧嘩をしたらどうこうという考えはどうでもよくなっていた。



「はははっ! 話が早くて助かるな! そんなら河川敷のほうに行こうぜ!」



 月光は大笑いして歩き出す。


 ふと、須藤を見ると彼は心底申し訳なさそうな視線を俺に送っていた。



 一学期は叶わなかったが、できれば二学期はもう少しクラスメートとの距離を縮められたらいいなと俺は思った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る