第81話『グラスとガッツ』




「あ、いた」


 枝を足場にジャンプして進んでいると、前方に鳥谷先輩の姿を視認。

 さらにその先には忍者(仮)たちもいた。

 距離感的に鳥谷先輩は彼らに追いつくことができず徐々に引き離されている模様。


 鳥谷先輩も人類としては超人的な速度で木を渡っているけど、どうやったのか謎すぎる不思議な丸太攻撃を仕掛けてくる連中相手では勝負にならなかったようだ。


「鳥谷先輩、諦めましょう。深追いは危険です」


「おお、しんじょー! 来てくれたのか! ちょうどいいから抱えて連れてってくれ!」


「ええ……」


 そんなことできませんって言おうと思った。

 でも、鳥谷先輩は俺なら絶対にできると確信を持って言っている顔をしていた。

 俺の限界がそこではないと見透かされている。

 

 まあ、驚かれないならやってもいいか……。

 酒井先輩と違い、鳥谷先輩にとっては想定の範囲内の行為っぽいし。

 俺はよっこいせと小柄な先輩を脇に抱えた。





「待ちやがれ!」


 俺の小脇に抱えられた鳥谷先輩が威勢のいい声を上げる。

 前方の忍者っぽい連中は相変わらず木の上をピョンピョンピョン。

 このままつかず離れずで引き延ばし、鳥谷先輩が飽きるのを待つか?


 でも、よく考えたら彼らのような意味不明で怪しい存在が実家の近くにいるっていうのはちょっと不安だ。


 ここで害があるかどうか見極めたほうがいいのかも……。

 なんて思っていると、彼らが木の上で止まった。

 止まっちゃった。


 こりゃ考える余地なく対峙するしかなさそうだ。


「ふっ、ついに観念したようだぞ!」


 俺に横抱きにされている鳥谷先輩がニヤリと笑う。

 手足をぶらーんと垂らして抱えられた格好でよくそんな台詞がのたまえますね……。

 持ち上げられた猫みたいな姿をぜひ鏡で見せてあげたい。





「さてと……」


 俺は彼らから数メートル離れた木の枝の上で留まり、あちらの出方を窺う。

 逃げることをやめた連中がこちらを振り返る。

 連中は目元だけが開いた、口元まで覆う頭巾を被っていた。


 忍者っぽいなぁと思っていたけどファッションまで立派に忍者じゃねえか。


「そなたは……蜃気楼を無力化した技といい、その身のこなしといい……地上に攻め入った紅鎧べによろいに深手を負わせて撃退した地上の民か?」


 厳かな口調で二人のうちの一人が訊いてきた。

 低い男の声だった。いや、ベニヨロってなんだよ?

 男は被っていた頭巾を脱ぎ捨てる。


「え?」


「おおっ?」


 俺と鳥谷先輩は男の容姿を見て驚嘆の声を漏らす。

 年齢は俺より三つか四つくらい上だろうか? 


 頭巾を脱いだ下にあった男の素顔は茶色い髪と瞳の比較的イケメンと称することができる彫りの深い欧米風な容姿であった。


 ただし……男の頭部にはピコピコと動く動物の耳がついていた。


 もう一度言う、動物の耳がついていた!


「ふむ、その反応……やはり今の地上では我のような獣の耳を持つ者は珍しいようだな」


「珍しいというか初めて見たんだよなぁ」


 俺の呟きに鳥谷先輩も『ふんふん』と首を縦に振って同意する。

 前世の世界ではありふれた獣耳であるが、地球では空想上のファンタジーな代物。

 そいつがまさか住み慣れた地元に生息していたとは。


 高校に入学してから未知との遭遇がノンストップで引き寄せられている。


「すまんが、あんたのその耳は……本物なのか?」


「無論、この耳は紛れもなく本物である」


 俺の問いに男は不快感を示した様子もなく頭部の耳を軽く摘まんで言った。


「斥候として人里を探ってきた者たちの報告では今の地上には無毛の猿人族しか見かけなかったと聞いていたが……。そなたらが獣耳を初めて見たということは、よもやそれ以外の種族は滅んでいるのか?」


「まあ、一般人に秘匿されていたり、身を隠してどこかに潜んでいる可能性もあるかもしれないが……。少なくとも世間の常識じゃ動物の耳が生えた人間が実在しているとは考えられてないな」


「なんと……くっ……」


 犬耳男は目を閉じて悲しげに嘆息した。

 もう一人の彼より背の低い忍者が彼の肩に手を置いて慰めるような動作をする。

 うーん? この男の話から察すると、昔は獣人が地球にもいたってこと? 


 というか、もしかしてノーマルな人間は無毛の猿人族ってカテゴリなんすか?


「なあ、あんたら一体、どこからやってきた何者だ? 地上がどうたら言っていたが……」


 俺は獣耳のインパクトで忘れていた疑問をぶつける。


「ああ、失礼した。まだそなたらに名乗っていなかったな。我は犬耳族のシノビ、グラスと申す」


 シノビ! シノビって言った! やっぱ忍者だったんだ!


 鳥谷先輩も『おー! しのびー!』と感嘆の声を上げる。


「こっちはガッツだ」


「ガッツと申します」


 もう一人の忍者も頭巾を脱いだ。

 頭巾の下から現れたのは同じく頭頂部に動物の耳が生えたショートヘアの少女。

 灰色の髪がサラリと揺れる。


 こちらはちょっと丸い感じの耳であった。


 なんか犬っぽくねえなぁ?


「拙者は犬耳族ではござらん。鼠耳族ねずみみみぞくでござる」


 ねずみみみぞく……。

 ねずみみぞくとはならないのか。


「俺は新庄怜央だ」


「鳥谷ケイティだぞ!」


 自己紹介されたので俺と鳥谷先輩も名乗る。


 とりあえず彼らとは敵対する感じにはならなそうだ。


「さて、我らがどこから来たのかと言ったな? 我らはこの地の深くにある地下都市……メリタの住民である」


 …………。

 おいおい。

 まさか忍者だけじゃなく地底人という属性まで盛ってくるとは……。


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