第82話『地下にある都市とやらの住民』




「えーと、グラスさん? あんたは、その……地下にある都市とやらの住民なのか? そんなものがこの辺にあるのか?」


 俺は驚きを隠すことができない。


 いや、だってこれまで15年近く暮らしてきた地元の真下に都市があるとか言われたらそりゃあねぇ……。


 事実なら、我が家の屋根裏にハクビシンの親子が住んでいることが発覚したとき以来の衝撃だ。


「ああ、地下都市メリタは確かにこの地の底に存在する。メリタはかつて地上で栄華を誇っていた大国キョクロンが数万年前に当時の最新鋭の技術を注ぎ込んで作り上げた完全自立型都市だ」


「マジか……」


 てか、数万年前ってよく今まで発見されなかったな?


 地質調査とかどうやって掻い潜ってきたんだろう。


「メリタには認識阻害の術が施してあるからな。地上の者たちがこれまで見つけられなかったのは仕方のないことよ」


 グラスというイケメン犬耳男は少し誇らしげに言う。

 見つけられない仕組みがあったなら仕方ないね!

 それなら納得! ……するのは微妙に難しいけど。


 まあ、そう言われたらそうなんだと思うしかない。


「メリタは内側からも硬く門を閉ざして地上との接点を一切絶っておりました。なのでメリタの住民も地上の光を拝むのは数万年前の先祖以来となるのです」


 鼠耳のガッツさんが補足を入れてくる。

 ほう。これまでそのメリタさんたちは地下に閉じこもって鎖国状態だったと。

 日本列島に住みながら別居のような形で完全な独立国家を維持していたということか。


「レオ殿、念のため訊いておきたいのだが、キョクロンという国はまだあるのだろうか?」


「いやぁ……俺は聞いたこともないな」


 世界史や日本史でも習ったことがない。


「ここは今、日本って呼ばれてる国だし。鳥谷先輩は知ってます?」


「うーん、わたしも知らんなぁ」


 鳥谷先輩が知らないなら二年生の学習範囲にもないのだろう。


 考古学の研究とかしてる学者さんなら知ってるかもしれないね。


「そうか……やはり地上に残された者たちでは国を維持できなかったか……。我らは地上の国に戻るという祖先から受け継いできた数万年の悲願も果たせぬのだな」


 寂しげに目を細めるイケメン犬耳男のガッツさん。

 数万年受け継いできたとかスケールのでかい悲願である。

 彼にとっては地上の国なんて伝聞でしか知らない場所だろうに。


 その割には結構ガチめのショックを受けている辺り、地上にあった国を尊ぶような教育が地下都市では代々なされているのだろうか?


「そんで、数万年も地上と交流を絶っていた地下の住民たちがなんで今さら外に出てきたんだ? あの喋る熊も地下の住民なのか?」


 ぶっちゃけ、こいつらみたいな無害そうな連中がどこに住んでいて何万年ぶりに地上に出て来ようがどうでもいいのだ。


 しかし、さっきの熊みたいに人を襲おうとする知性ある獣がノコノコ這い出てくるのならばその目的を問いただしておかなくてはならない。


「うむ……そのことを説明するにはメリタの成り立ちと我らの勢力図を説明する必要がある。もともとメリタは数万年前に地上を襲った災厄から難を逃れるために当時の大国キョクロンが作り上げた避難所でな。我々は祖先から地上はすでに人が住めるような環境ではない、地下都市メリタこそが唯一残された安息の地だと代々伝えられてきたのだ」


 重々しい口調で語るグラス。

 その横で染み入るように聞いてウンウン頷いているのが鼠耳の少女ガッツ。

 彼らの中でコレはそうやって神妙な態度で耳を傾けるタイプの歴史のようだ。


「メリタも当時は地上とさほどかわらぬ快適な暮らしができていたと聞く。だが、長い年月が経ち、地下都市は様々な箇所が老朽化して住みやすい環境を保持できなくなってしまった。くすんだ光に淀んでいく空気。乏しくなる資源生産能力。このままではいずれ機能不全を起こしてメリタに住むことはままならなくなる。そう判断した我々は活路を見出すため、禁忌とされていた地上に通じるゲートを開くことにしたのだ。それがおよそ半年前のこと」


 なるほど。


 どうせ立ちゆかなくなるなら、ワンチャン未知数なパンドラの箱を開けてみようってギャンブルに出たわけか。


 俺は彼の説明をなんとなく噛み砕いてそう理解する。

 鳥谷先輩は――やたらと澄んだ表情をしながら無言で佇んでいた。

 俺にはわかる。


 アレは他のヤツが聞いているし何とかなると思って適当に流している人間の顔だ。


 まあ、鳥谷先輩はこういう界隈の話は耐性がないだろうし仕方あるまい。


「我々は祖先以来、数万年ぶりに地上の空を仰いだ。すると、そこにあったのは伝承にある荒廃した世界ではなく穏やかな気候と緑が生い茂る地だった……!」


 感情の込められた声でグラスが言うと、鼠耳少女ガッツは『ううっ』と嗚咽を漏らす。


「我々の受けた衝撃は計り知れないものだった。薄暗い地下であっても、自分たちは唯一人が生きてゆける安全な地に住むことが許されているのだからと堪えていたのに。蓋を開けてみればかつて見限ったはずの地上のほうが遥かに恵まれた世界だったのだから……」


 あーなるほど。


 自分たちはまだマシだと思って我慢してたのに、地上が全然普通に生きていける状態だったらそりゃメンタルきついわな。


「我も地上に残った民の子孫たちはこんな目映い本物の日光を当たり前に浴びて生きていたのかと思うと悲しくて悔しくて仕方がなかった。先祖も含め、我々は一体何を耐え忍んでいたのか……と」


 これは何と言ったらいいのかわからんね。

 ご愁傷様っていうのは違うだろうし……。

 下手なことは言わないでおこう。


「そしてここからが我々と先程の熊人族の男が地上にいた理由に繋がるのだが……。地上の現状を把握したことで、メリタでは二つの意見が持ち上がった。一つは現在の地上の民と接触し、メリタの生活基盤改善のために交易を結んでいこうというもの」


 こいつらが森をウロウロしていたのは外交目的ってことか?

 その割にあの熊はやたら好戦的だったが。

 てか、あの熊はまんま熊だったのに熊人なのね……。


 俺はグラスの話を脳内で整頓しながら傾聴する。


「……もう一つは地上の支配権を地上にいる民から奪い取ってメリタが地上を統べるべきというもの」


 何か物騒なことを言い出した。


 おいおい? 支配とは穏やかじゃねーな?

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