第83話『歴史の教科書にも載ってない話』
「メリタは地上の災厄から逃れるために作られたことは話したであろう? だが、メリタには当時の人々をすべて収容できるほどの面積はなかった。したがって、メリタに住むことが許されたのはその時代で上流階級にいた者が多い」
いわゆる上級国民的なやつか。
前世の世界でも貴族階級は一般人よりも遥かに優遇されていた。
そういうのはどの世界、どの時代でもあるのだろう。
「メリタに伝わる歴史からすれば、地上で暮らしているのはメリタに移り住むことが許されなかった下層階級の末裔という認識。支配階級の血を引くメリタの民が地上に戻ればその支配権をメリタに明け渡すのが道理である……と地上侵攻を唱える輩どもは主張しているのだ。自分たちは地上に残った者たちの上に立つ尊き存在なのだからと」
「そんな遙か昔の階級とか血筋を大義名分にされてもなぁ……」
歴史の教科書にも載ってない話をされても困るぜ。
「我もそのように考えている。メリタの民が地下に潜ってからすでに何万年と時が経ち、地上では我々の干渉していない独自の文明が築かれているのだ。かつての階級は忘れて別個の国として扱うのが筋であろう」
そもそも数万年前に人が住めなくなるレベルの災厄が訪れているなら、文明が一回途絶えて今の日本人は彼らとルーツが異なる可能性もあるんじゃ?
実際のところはわからないが。
「メリタの議会でも過半数以上は我と同じく地上の民と平和的な交渉を目指すことを支持している。だが、地上侵攻を推進している中心人物は紅鎧といってな? この男の一派が何度議論を交わしても地上を制圧するという意見を曲げぬのだ」
「そういやさっきも言っていたな。そのベニヨロってやつがどうのって」
確か、倒したかどうかって訊かれたような。
「そう――紅鎧はメリタにおいて並ぶ者がいない最強の戦士。そして名家の血筋を引く当主でもある。そんなヤツの発言力はメリタでは非常に高い。さらに紅鎧に賛同している者も戦士として相当な実力者ばかりときている。まあ、言ってしまえばメリタの中で最も大きな武力を持った勢力といったところか」
武闘派勢力とか軍部みたいなやつらってことだろうか。
そういう連中が暴走すると厄介なのはいろんな歴史が証明している。
「連中は非常に血の気が多い。どうにか考えを改めさせようと会議を重ねて討論していたのだが、三ヶ月ほど前、ついに紅鎧は業を煮やして独断で地上に飛び出してしまったのだ。地上の一部を制圧した実績さえ作れば他派閥を黙らせることができると考えたのだろう」
なんですと?
もう地上は侵攻されてたの?
その割に全然平和な感じですけど……。
「うむ、結果としていえば紅鎧の地上侵攻は失敗した。何の成果も上げることなく地上の民に返り討ちにあって這々の体で逃げ帰ってきた」
「…………」
なんだよ、こじれてる原因のヤローはとっくに撃退されてるのかよ。
それならすでに問題は解決なのでは?
普通はスタンドプレーで失敗したら求心力は大きく下がるはず。
「そうだな……負傷したことで紅鎧が諦めるならそれが一番だったのだが。あの男は自分を負かした地上人を次こそ叩きのめすといって地上の制圧にさらなる闘志を燃やしてしまったのだ。紅鎧の勢力下の者たちも祖先の出自に誇りを持っている連中ばかりなので紅鎧の失敗程度では考えを改めなかった。後れを取ったのは騙し討ちのようなものだったからと紅鎧が説明したせいかもしれんが――」
痛い目を見ても懲りずに地上を乗っ取ろうと試みる輩。自分たちは何もしてないのに先祖の地位を理由に自分は偉いと信じ込んでいる連中の集まり。そんなのが身内にいるって大変そうだな……。
「そなたに紅鎧を撃退した者かと訊ねたのは特殊な訓練を得た我々シノビにも引けを取らない身のこなしと、そなたが蜃気楼を倒すのに使った異能の力を見たからだ」
「蜃気楼?」
「蜃気楼というのは先程そなたらと邂逅した熊人族の男のことよ。あれは紅鎧が率いる四天王の一人でな? そなたはいとも簡単に無力化したが、本来なら彼奴は我やガッツが二人がかりでも倒せるかどうかという手練れなのだ」
「四天王……」
まーた四天王っすか。
どこもかしこもみんなその称号が好きね。
てか、あの熊はそんなに重要なポストにいた強者だったのか。
「でも、あのさ。申し訳ないけどその紅鎧っていうの? 俺は会った覚えないんだけど」
「なぬ? そなたが撃退したのではないのか? 赤いタテガミを持つ熊人族の大柄な男だぞ? 我々は地上の各地で数ヶ月間情報収集を重ねていたが、紅鎧の眼球から脳天までを貫く一撃を見舞えるような者が他にいるとは考えにくいのだが」
赤いタテガミの大きな熊……? 目を負傷……? あっ! 俺は四月の入学式直後の出来事を思い出す。
自覚していないパワーで花園栄治を病院送りにしてしまった俺は同じ失敗をしないように河川敷で能力チェックをやっていたのだ。
そのときにたまたま赤いタテガミのデカい熊に追いかけられている人に出会った。
熊を撃退した方法は氷の槍で頭を貫くというもの。
確かアレは右目を直撃していたような気がする。
あいつが紅鎧だったのか……。
あのデカい熊はただのデカい熊じゃなかったのね。
俺が衝撃の事実に唖然としていると、
「なーなー、しんじょー? 『いのうのちから』って?」
鳥谷先輩が俺の服の裾を引っ張りながらポヤンとした表情で見つめていた。
マズい、鳥谷先輩の前でそういう話をしてしまった!
必死に隠してはいないけど、イチから説明するのが面倒だから困るぞ……。
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