第63話『結城神輿』
◇◇◇◇◇
「クク……まあ、遠慮するなよ……」
のっしのっしと歩いて近づいてくる月光。
「いや! やめて! こないで!」
「暴れんなよ……暴れんなよ……」
「いやああああああああ――――っ!」
バシッ。
優紗は伸びてきた月光の手を弾く。
「おい、なにすんだよ!」
「あ、あたしを車で連れ去って酷いことするつもりでしょ! なんかアレみたいに! アレみたいに!」
弾かれた手を擦って不服そうにしている月光を睨みながら優紗は叫んだ。
「いや、普通に足を痛めてて立てないだろうから手を貸そうとしただけなんだが……」
「え?」
「あと、タクシーに乗るのはお前だけだから安心しろ」
「ほえ? タクシー?」
廃材の山に突っ込んだときに痛めてしまった右足首を見抜かれていたこと。
加えて想定してなかった単語を持ち出されたことで優紗は呆けた声を漏らす。
「そうだよ、お前、一人でこの夜の時間帯に人気のない道を歩いて帰るつもりだったのか? 未成年の女子が、足を痛めた状態で?」
…………。
なんだか、月光雷鳳という男は思っていた人物像とは微妙に違うようだった。
しかし、今さら引き下がるわけにも行かないと優紗は思った。
「あ、あたしは一人で歩いて帰れるんだからぁ!」
強がってそうは言ってみるものの。
魔力で強制的にフォローしていた負傷は存外深刻で、左足に重心を置いてもどうにか立てるかというところだった。
「その状態じゃ無理だろ? 大人しく乗って行けって。料金はこっちで負担するから」
プルプルと震えながら立ち上がろうとする優紗を呆れたような態度であしらう月光。
「いやよ! そんなことしてもらう義理はないわ!」
「じゃあ、誰かに連絡して迎えに来てもらうとかできねえの? このまま放置していくのはちょっとなぁ……」
強いと聞けば片っ端から相手に喧嘩を売るイカれた男のくせに何やら常識人めいたことをのたまってくる。
「バカじゃないの! 喧嘩して負けたって言って誰を呼べるのよ! みっともないじゃない!」
「それならやっぱり僕らの手配したタクシーに乗っていって下さいよ」
埒が明かないと思ったのか不動も説得に参戦してきた。
「敵の施しは受けないわ!」
優紗は断固として突っぱねる。
この期に及んで意見を翻すなど、彼女の性格上無理なのだった。
「いや、そこを頑なになる必要はないでしょう……? 雷鳳との手合わせに付き合ってもらった礼ということで納得して頂けませんか?」
「自分で歩いて帰るって決めたのよ! あたしはね……一度決めたことは最後まで貫くのがポリシーなの!」
「くっ……無駄なところで意地を張る頑固者め……!」
不動の口元はピクピクと震えていた。
「もういい、めんどくせーよ! ぶちこも、ぶちこも! 神門、暴れるかもしれないからお前は足のほうを持て!」
平行線の問答に業を煮やしたらしい月光が優紗の両脇に腕を差し込んで持ち上げてきた。
「あ、どこ触ってんのよ! そっちのゴリラも触ろうとすんな! セクハラで訴えるわよ!」
「三次元のブタに興味はないナリ……!」
「えっ? えっ……?」
どこか信念めいたものを感じさせる低い声でバンダナゴリラこと神門は反論したそうな。
「運ちゃん、この子を家まで送ってやって! おい、結城優紗! これタクシー代な! 支払いはこっからしとけ!」
こうして――さながら神輿のように担がれた優紗は、月光たちが呼んだタクシーにぶち込まれて家に帰されたのであった。
◇◇◇◇◇
……というのが先日の出来事らしい。
「なに、お前の受けた辱めって結城神輿にされたことだったの?」
俺は結城優紗からより詳細に話された経緯を聞いて、さらになんじゃそりゃという気分になっていた。
『ち、ちがっ……いや、それもそうだけどそれだけじゃなくて!』
「はあ……」
『タクシー代って言って渡されたのが一万円なのよ!』
「一万円……」
タクシー代が一万円ってバブル時代のおっさんかよ。
「そりゃ、少し多めの額を渡すのは当然だろ?」
月光が横から口を挟んでくる。
いや、知らねーって。
『戦って負かされた相手に憐れまれて施しを受ける……とてつもない屈辱だわ! あたしは元勇者としての誇りを辱められたのよ!』
辱めってそういうことかよ!
紛らわしい言い方すんじゃねえよ!
「いいじゃん、喧嘩売られてその結果怪我したんだろ? 慰謝料代わりにもらっとけよ」
『よくない! あたしはね、対等な相手として勝負に臨んだのに港区女子みたいな扱いで送り返されたんだから! 馬鹿にすんなっての!』
手厚くされて喜ぶ女もいれば、結城優紗みたいなタイプもいるんだなぁ。
そういう見極めができるようになってこそ真の大人の男なのかもしれない。
「はあ、まったく……言いづらそうにしてたから、割とマジで取り返しのつかないことされたのかと思ってたのに……」
俺のちょっとだけナーバスになっていた気持ちを返して欲しい。
『いや、だって、あんたより先にやっつけてやるなんて息巻いてたのに完敗した挙げ句、タクシー代を負担されたとか恥ずかしくて言えないじゃん……』
「…………」
『あれ? もしかして心配してくれてたの? え? え? そうなの……!?』
結城優紗は俺の反応に食いついてくる。
なんかちょっと声が弾んでるような感じがするのは気のせいだろうか。
「もういいや、切るぞ」
『え、あ、ちょっとま――』
ブツッ。通話終了。
「おう、新庄怜央、誤解は解けたってことでいいか?」
「ああ、そりゃもうね、めちゃくちゃ解けたよ」
俺はやれやれと溜息を吐いた。
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