第29話『風魔凪子』





「俺のことをご存じで?」


「ああ、当然だ! 貴様の悪行は聞いている!」


「あ、悪行……!?」


 初対面で悪人扱いされていた。


 俺が何をやったって言うんだ!


「貴様は花園を倒して名を上げ、最近では鳥谷ケイティと組み、将棋ボクシング文芸部の部室を占領して好き勝手やっているそうではないか!」


「いや、占領してるわけでは……」


 外部視点ではそういうふうに見られていたのか……。


「今も善良な女子生徒を強引に連れ去ろうとして! 彼女を一体どうするつもりだった!?」


 部室に連れて行こうとしただけです。


 そう言ったら余計に話がこじれそうだな。


「あの、あたしは将棋ボクシング文芸部に入ってるんで、ある意味、合意の上というか……」


 さすがの結城優紗も、この場面では誤解を解こうとするくらいのフォローはするようだ。

 でも、もうちょっとハッキリ違うって言ってくれるとありがたいな。

 ある意味ってなんだよって。


「何? 君も部員だと……? なるほど……」


「そうだそうだ! そいつはうちの部員なんだ! 部員を部室に連れてって何が悪い!」


 俺の背後に潜んでいた鳥谷先輩が肩口から顔を覗かせた。

 おんぶのような体勢で俺にぶらさがってる。

 威勢のいいこと言うなら、ちゃんと姿を現したほうがいいと思いますよ。


「鳥谷ケイティ……! そうか、わかったぞ! つまり、彼女はお前たちに脅されて無理やり入部させられたのだな! ますます捨て置けんッ!」


 ずん! と大きく踏み込んで間合いを詰めてくる黒髪美人先輩。

 違うんです! むしろ無理やり入部されたんです!

 俺は声を高らかにして言いたかった。


 でも、やめておいた。


 この手の思い込みが強そうな人に下手な言い訳は逆効果だ。


「脅されてるとかじゃなくて、あたし、普通に部員で……」


 結城優紗はしどろもどろ。


 それをどう受け取ったのか、黒髪ポニテの先輩は柔和に微笑み、


「心配はいらない、ちゃんとわかっている。君のような一般の生徒が安心して学校生活を送れるようにするのが我々風紀委員の役目だ。恐れず、私に助けを求めてくれたまえ」


 やっぱり、何も理解してない感じのことを言った。


「まあ、そうやって不良どもを叩きのめしていたせいで、不本意ながら私も四天王などという同じ括りにされてしまったが……」


 え? 四天王……? まさか、この人も花園や鳥谷先輩と同系統の有名人なの?


「おい、風魔ふうま! 脅されてないって言ってるんだから、さっさとどっか行けよ!」


「鳥谷ケイティ、君は何度言っても男子の旧制服の着用をやめないな? それは校則違反だと毎回注意しているはずだが?」


 鋭い視線が鳥谷先輩に向く。


 敵意の対象が飛び火した。


「はんっ! 学ランはわたしのポリシーだ! 誰がやめるかってんだ! よく聞け、この旧制服の学ランはかつて――」


「言い訳無用ッ!」


「うひゃっ」


 一喝され、鳥谷先輩は再び俺の背後に引っ込んだ。

 鳥谷先輩はこの人のことが随分と苦手らしい。

 性格的になんとなくわかる気もするけど。


「とにかく、その手を離すんだ」


 そういえばまだ結城優紗の腕を握ったままだった。


 黒髪ポニテ先輩は俺の手首を掴んで引き離しにくる。


「…………!? これは……貴様……は……!」


 俺に触れた瞬間、彼女の様子が変わった。


 俺の顔をまじまじ見て、目を大きく見開いている。


「仕方がない、この場は引き下がっておこう……。だが、馬飼学園での度を超した狼藉は風紀委員長である私、風魔凪子ふうまなぎこが許さんぞ!」


 風魔凪子と名乗った先輩は艶のある黒髪を揺らし、くるっと身を翻して去って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る