第66話『馬飼学園の王』






 学校に着いた。

 校門を通り抜け、昇降口に向かおうとすると、



「おっ、ようやくやってきたぜ!」

「待ちくたびれたぞ!」

「校舎の連中にも伝えねえと!」



 不良たちがやたらと下駄箱までの道筋に集結していた。

 どうしたんだ? 派閥の集会でも開かれるのか?

 俺は疑問に満ち溢れながら歩みを進めていく。



「ん?」



 バササッ!



 突如、校舎の屋上から垂れ幕が降りてきた。

 そして、そこに書かれていた文字を見て俺は目を見張る。

 


『祝! 新庄怜央、【馬王】襲名おめでとう!!』


 な、なんだあれ……。

 馬王? うま、おう……でいいのか?

 競馬? 馬主なのか? 俺がそれを襲名? わけがわからんやつだ……。



「おーい、しんじょー! どうだ、すごいだろぉ!」


 

 鳥谷先輩が俺の方にトタトタと走ってきた。


 煌めくブロンドの髪と肩にかけた学ランを揺らしながら近づいてくる。


「へへっ、びっくりしたか?」


 照れ臭そうに鼻の下を擦り、得意気な表情かつ上目遣いで俺の反応を窺ってくる。

 あ、いつもの明るい鳥谷先輩だ。

 この間は河川敷で曇り気味になってたから元に戻ってよかった……。


「あの、鳥谷先輩、これは一体どういうアレなんですか?」


 さっぱり事情が掴めず俺は素直に訊ねる。


「いや、ほらな? わたしのファミリーに入れたはずのお前に先を越されたのは正直複雑だったけど……やっぱり先輩として、後輩の栄達はちゃんと祝福してやらないとって思ってさ! いろんなやつに声をかけて用意したんだ!」


 …………?

 恐らくきちんと説明してくれているのだろうが……。

 何かが噛み合っていない。


「おっ! やっと来たか! 数年ぶりに誕生した新しい馬王まおう!」


 先日やりあったばかりの月光雷鳳が親しげな態度で手を振りながらやってきた。


「おい、月光! コレどういうことだよ!」


「ああ、鳥谷がお前の馬王襲名を皆の前で祝ってやりたいって言うからよ」


「襲名……? なあ、その『まおう』ってのはもしかしてあの……」


 訊いていい雰囲気なのか不安だったが、わからないままなのはもっとマズい気がした。


「はぁ? なんだよ、お前が言ったんだろ? 自分が馬王だって。お前は馬飼学園を統べる者だけが名乗れる称号――創立より何代も受け継がれてきた伝説の地位、馬飼学園の王『馬王』だって、オレの前で宣言したじゃねえか」


 なんてこった! あの馬の王って書いてあるやつは『まおう』って読むのか!


「わたしも聞いたぞ!」


 鳥谷先輩が言う。


「オレらもな!」

「バッチリ覚えてるさ!」

「まさか、在学中に新しい馬王の誕生に立ち会えるとは思ってなかったぜ!」

「あれはシビれたっすよ!」


 なぜかいる花園三人衆や鳥谷先輩の舎弟さんたちまで続けて証言する。

 ちょ、ちょっと待ってくれ……!


「君が顔役になってくれるなら我々風紀委員もだいぶ楽ができるだろうな」


 風魔先輩もいた!

 そして賛同の意思を表明してやがる。


「フッ……四天王で最強と呼ばれる雷鳳を倒し、本人が宣言したんです。誰もが認めざるを得ないでしょうね」


 フレームをクイッとやりながら茶髪眼鏡が理屈を語ってくる。

 ああそうか、これまで学園最強って言われてたのは月光だった。

 だったら、彼がその馬王と呼ばれていてもおかしくはない。


 でも、そんな話は一度も聞かなかった。


 本人も数年ぶりの誕生って言ってたし、どういうわけかやつはその馬王ではなかったのだ。


 つまり、馬王という地位は今まで空席だったということ。


 俺は意図せず、その空いていた馬王になると宣言するような発言をしてしまったのである……。


 鳥谷先輩の先を越されたという言葉は、恐らく鳥谷先輩も馬王を目指していて、それを後輩の俺に取られてしまったという意味。


 河川敷で微妙な面持ちだったのは悔しさとか諸々の葛藤があったから……。


 けど、鳥谷先輩はいろんな感情を噛みわけて、先輩として俺を祝福することを選んでくれたのだ。


 うわ、その心意気には感激するけどめっちゃフクザツ……。


 花園が言ってた預けておく座っていうのもきっと馬王に違いない。


「オレは自分が強くなることしか考えてなかったから馬王を名乗るつもりはなかったが、お前は学園を背負って立つ覚悟までしてたんだもんな……そりゃオレよか強いわけさ……」


 月光がリスペクトのようなものを交えた視線を送ってくる。

 いや、そんな覚悟してませんでしたけど!

 前世の話をしただけなんで!


「やっぱり、最強の名前はあるべきヤツのところにおさまるべきよね!」


 結城優紗まで校舎から出てきたよ。

 あ、江入さんも……。

 家を出る前に声をかけたけど反応ないなと思ってたら先に登校してたのか。



「強さと責任感を持ち合わせた、お前のようなヤツにこそ馬王の称号は相応しい! 半端なやつに名乗られないよう目を光らせていた甲斐があった!」



 そして、月光は拍手を始めた。

 それに合わせて鳥谷先輩、結城優紗、江入さん、風魔先輩らも手を叩き出す。



「馬飼学園を統一した学園の王……『馬王』新庄怜央の誕生だあああああ!」



 月光の音頭で一気に場が盛り上がった。集まっていた不良たちは一様に大騒ぎ。



「おめでとう! おめでとう!」

「おめでとう! おめでとう!」

「おめでとう! おめでとう!」



 湧く喝采に俺はもう応えるしかなく――



「ありがとう……!」



 やけくそ気味で笑い返したのだった。



 こうして、前世が魔王だった俺は今世でも自分が通う高校で王になってしまった。

 都会で充実した青春を送りたかっただけなのに。

 俺の高校生活、どうしてこうなった……。








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