第21話『将棋ボクシング文芸部での日常』


 


◇◇◇◇◇



 俺が将棋ボクシング文芸部に入部して一週間が経った。

 結城優紗は『またくる』と言ったくせにあれきり一度も部室に姿を見せてこない。

 恐らく、あんな醜態を晒しておいてあわせる顔がないのだろう。


 俺としては平和で大助かりなのだが、丸出さんはちょっと心配している模様。

 あの女、丸出さんに迷惑ばかりかけやがって……。

 いっちょ軽くシメてやったほうがいいのだろうか?


 でも、別に俺はあいつに来て欲しいわけじゃないからな……。


 ちょっとしたジレンマである。






 丸出さんに将棋を教えてもらったり。

 ミットを持って酒井先輩の練習を手伝ったり。

 文芸部の蔵書を読ませてもらったり。


 将棋ボクシング文芸部というキメラな部に入った俺は毎日様々な活動をちょっとずつ堪能する、そんな部活ライフを送っていた。


 将棋ボクシング文芸部での日常は刺激があるわけでも華やかであるとも言えない。

 しかし、学校に自分の居場所ができたという安心感がそこにはあった。

 ゆるやかな雰囲気で流れていく安らぎの時間。


 こんなまったりとした青春も悪くはない。





 今日の俺は文芸部の本を借りて読書に勤しんでいた。

 俺の視線の先では鳥谷先輩と酒井先輩がスパーリングをしている。

 鳥谷先輩は俺と同じように日ごとに各部の要素を気まぐれに嗜んでいるのだ。


「やっぱ、ボクシングだと酒井はメッチャ強いな!」


「当たりめぇよ! オレを誰だと思ってる!」


 四天王と呼ばれるだけあって鳥谷先輩の運動能力はかなり高いみたいだった。


 彼女の反射神経と身体のバネはなかなか目を見張るものがある。


「お茶です」


「あ、どうも」


 パンチパーマが俺の前に湯気の立つカップを置いてくれた。

 俺はお礼を言いながら温かい紅茶を啜った。



 ………………。

 ………………………………。



 いや、誰だよってなるよね?

 唐突なパンチパーマだし。

 言っておくけど、この人は花園一派じゃないよ。


 鳥谷先輩の舎弟です。

 なんで鳥谷先輩の舎弟がここにいるのかって?

 それは俺にもわからない。


 だが、鳥谷先輩の入部以降、パンチパーマを始めとする舎弟の人たちが数人ずつ持ち回りでお茶汲みや掃除など、雑用を務めに部室へやってくるようになったのだ。


「新庄サン! 紅茶に合うお菓子作ったんですけど食べますか!?」


「…………」


 差し出されたのはマカロン。


 どうしてマカロン……。


「あの、俺は一年なんでさん付けとか、そんなへりくだる必要は――」


「いえ! 新庄サンはあの忌々しい花園をぶちのめしたタフな男! そしてその実力に惚れ込んだアネゴが直々に勧誘した幹部です! 学年は関係ありやせん!」


 幹部ってなんなのですか!

 俺をそっちの世界の人にするのはやめてもらえませんかね……?

 丸出さんが怖がるでしょ! 


 花園の不良とは派閥が違うからか、今のところ丸出さんが気にしている様子はないけど。


「ケイティさん! タオルです!」


 リングのほうでは金髪ソフトモヒカンが鳥谷先輩にタオルを差し出していた。

 …………。

 彼らは鳥谷先輩を盲信してるんだな。


 彼らは鳥谷先輩に尽くせれば満足なんだな……。


 多分、そういうことだと俺は理解した。





「…………」


「やはり強いわね、江入さん。まるでAIみたいな指し回し……」


 江入さんと丸出さんは二人で将棋を指していた。

 部員で将棋が指せるのは江入さんくらい。

 俺は駒の動かし方を知っている程度で鳥谷先輩と酒井先輩に至ってはそれすら知らない。


 よって、丸出さんの相手をするのは自然と江入さんが多くなる。

 ちなみにトータルの勝敗数を見ていると、どうやら江入さんのほうが強いらしい。

 俺からすれば丸出さんもかなり強いんだけどね。


 丸出さんは将棋アプリで七段という、上から数えたほうが早いくらいの実力みたいだし。

 俺は駒を落とすハンデをつけてもらってもまったく勝てたことがない。

 江入さんはさらにその上をいくそうだから相当すごいんだと思う。


 噂じゃ運動神経もいいって聞くし。

 江入さんは何でもできる天才肌ってやつなのかも。

 丸出さんとの将棋を終えた江入さんは俺の近くにある椅子に腰かけ読書を始めた。


「…………」


「…………」


 実は彼女とはあまりコミュニケーションができてないんだよね……。

 江入さんは表情の動きが乏しいので、何を考えてるかわからなくて少し絡みにくい。

 たまに視線のようなものを向けられてる気配はあるんだけど。


 もしかして警戒されてるのか……?



 その視線の意味を後日、俺は否応なしに知ることとなる。



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