第88話『謝罪はニンジンを切る速度よりも早く』
翌朝。
都会人の休日にしては早めだが、俺の地元においては遅起きにカテゴライズされる時間帯に俺は起きた。
うちの村の大人って大体明け方くらいに起きるのよ。
休みの日でも八時とか九時まで寝てると寝坊助扱いされるんだぜ。
他の部員はまちまちだが、皆、俺より先に起床していたようだ。
酒井先輩は早朝ロードワークに行ったらしい。
ボクシングの大会が近いからね。
頑張って欲しい。
女子メンバーは朝食の準備など、家の手伝いを諸々してくれているみたい。
お客様なんだからそんなことしなくても……と思ったが。
何もせず人の家で合宿するのは心苦しいとかあるんだろうか?
居間に行くと、祖父が茶を啜りながらテレビを見ていた。
「なあ怜央や。今頃は月光君も楽しくキャンプしとるんかのう」
口に出すのは一昨日駅で出会った四天王最強の名前。
どうにも祖父は月光のことをえらく気に入ってしまった模様である。
そういえば月光って海外から帰れなくて一学期を丸々欠席していたから、夏休みは補習するんじゃなかったっけ。
それなのに暢気にキャンプとはいいご身分だな。
まあ、恐らく補習の合間を縫って来たんだろうけど……。
聞いた話では入学式で俺が病院送りにしてしまった花園も一緒に補習を受けているんだとか。
あいつも一学期はずっと入院生活だったからな。
あれ? じゃあ、月光と花園って同じ教室で補習やってんの?
学園を代表する不良のボス格二人が並んで補習ってどんな雰囲気なんだろう。
少しだけ気になる。
「あら、随分ゆっくりねぇ」
台所に行くと、母親が俺の存在を認識して開口一番そう言った。
ほら、やっぱり。
日の出と同じタイミングで目覚めないとこの扱いよ。
俺の村ではニチアサ番組を見れる時間帯は決して早くないのだ。
「えーと、麦茶麦茶――」
母親の戯れ言をスルーしつつ、俺は寝起きの喉を潤すため冷蔵庫から大麦の種子を煮出した茶色い液体を取り出す。
「真帆ちゃんや優紗ちゃんたちは早くから起きてお手伝いしてくれてるのにあんたは……」
確かに丸出さんと結城優紗はコンロ周辺で何かをやっている。
どうやら魚を焼いたり、鍋の味噌汁を見ているようだ。
二人は対象の料理に意識を向けていてこちらにはノーリアクションだった。
なんでそんな集中してんだろ……。
「ちょっと、聞いてるのかい? あんた、あっちでもそんなだらしない生活してるんじゃないでしょうね」
「…………」
同級生の前で母親と言い争う醜態を晒すつもりはなかったので、俺は言われっぱなしのまま閉口する。
耐え忍ぶガンジーマインド。
「そういえばあんた、ケイティちゃんと喧嘩でもしたの?」
「ごふっ」
口に含んだ麦茶であやうく噎せそうになった。
「は、はぁ? いきなりなんだよ。なんでそんなこと……」
まさか昨日の玄関先でのやり取りが聞かれていた? と俺は一瞬危惧するが――
「何となくよ何となく。ほら、そういう気がしたというか微妙に雰囲気がね?」
母親は暢気に笑いながら手を招くような仕草をする。
「何となくとか曖昧な……。そういうので憶測立てるのはよくないと思う」
「あんたも何となくとかそんな気がしたからとかいつも言ってるじゃない」
「………………」
そんなの知らないもん。
「何をしたのか知らないけど、謝るなら遅くなりすぎないほうがいいわよ? 早すぎてもタイミングが悪いことはままあるけど」
「…………」
「謝罪はニンジンを切る速度よりも早くってね。これは歴史が証明している教訓だから」
まな板をトントンと鳴らしながら大根を切って母は言う。
いや、どこの歴史だよ。
「ちなみにニンジンを切る速度より謝罪が遅いとどうなるんだ?」
「ニューヨークが炎上するわ」
「アメリカの大都市が!? どういうメカニズム!?」
……まあいい。
どちらにせよ謝罪はするつもりなのだ。
何と言って謝ればいいのかは未だにわからんが、先輩に不快な思いをさせてしまったことについて俺が申し訳なく思っているのは事実である。
なんにせよ話をしなくては始まらない。
ニューヨークを燃やすわけにはいかないからな……。
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