第42話『押し入れに棲まう妖怪』







 結局、従姉がいるリビングなどの生活スペースには踏み入らないという条件で江入さんは俺の押し入れに住むことになった。


 ……なってしまった。


 宇宙船をぶっ壊した罪悪感もあって拒否しきれなかったのだ。


 くっ、自分の責任感が恨めしい。


 宇宙人の船を動かせるっていう、未知との遭遇にテンションが上がって勢いに身を任せたのがよくなかった。


 これからは一時のテンションに流されないよう気をつけていこうと俺は誓った。





「完成した」


 押し入れ居住の決定から一時間後、江入さんが押し入れを開けて悠然と出てきた。


「ん」


 江入さんはクイッと顎で中を指し示す。


 どうやら入って見てもいいらしい。


 いろいろ不平を漏らしたが、宇宙人のリフォームした部屋のルームツアーは割と楽しみだ。


 どんな劇的なビフォーアフターが待っているのか。


 どんなドリームハウスになっているのか……。


「ほほう!」


 ごくごく一般的なサイズの押し入れは白い壁に覆われた二十畳ほどの空間になっていた。


 あの押し入れがこんなに広々と……。


 ちくしょう、俺の部屋より広いじゃねえか。


 ちなみに床も白でベッドやキッチンも白だった。


「あっちが洗面所になっている。バスとトイレは別。風呂は全自動湯沸かしと追い炊き機能と浴室乾燥機つき」


 広々としたユニットバスを見せてもらう。

 あ、ドラム式洗濯機だ。

 これを一時間で生み出せる宇宙人の不思議技術やべえな。


「どう?」


「いいと思うよ。ただ、白一色は落ち着かないな。なんかぞわぞわするっていうか……」


 家具、壁、床、何から何までどこも全部白っていうのはちょっとね。


 清潔感があっていいけど、個人的になんかキツい気がする。


「そう? なら改良を検討しておく」


 意外と素直な返事が返ってきた。

 そういえばカーペットやソファがないな。

 あとテーブルも。


 無機質な雰囲気だけど、引っ越したてだしこれから増えていくのだろうか。


「下の階には探査船の修繕を行なうための作業スペースがある」


 またメゾネットなの?


 探査船もそうだったが、何かこだわりがあるんだろうか。


「あれ? でも、よく考えたら風呂場も洗濯機もいらなくね? 身だしなみを整える能力はコピーできたんだろ?」


「もし、また力が使えなくなったときのために地球の原始的な手段にも慣れておこうと思った。あんな思いはもう懲り懲り……」


 江入さんは遠い目をして言った。


 思いのほか、いきなり力を使えなくなった日々の経験は彼女の中でトラウマになっているようだった。


 大変だったんだね。





 翌日。


「新庄君、その、昨日はどうだった? 江入さんの……」


 教室から廊下に出たタイミングで丸出さんが追いかけてきておずおずと訊いてきた。


 そうだった。


 ちゃんと報告をするって言ってたんだ。


「ああ、うん……詳しくは話せないけど学校生活でおかしかったところの大体は改善されるんじゃないかな……」


「そうなんだ! 新庄君が力になってくれたのね! さすがね!」


「ハハハ……」


 俺は引きつった笑顔で誤魔化すしかなかった。


 まさか江入さんがウチの押し入れに棲まう妖怪になったとは言えないからな……。




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