第79話『森の熊さん』






 夜。

 大体二十三時過ぎ頃。

 俺は鳥谷先輩と酒井先輩の三人で森を歩いていた。


「あるひぃ、森のなかっ! くまさんにっ!」

「くまさんにっ!」

「であ~った!」

「であったっ!」

「「花咲く森の道~」」



 俺の後方にいる鳥谷先輩と酒井先輩はノリノリで歌っている。

 両者とも、なかなかに歌唱力があった。

 さすが二人とも合宿で山に行きたいと言っていた山派ヤマハ……。


 いや、何言ってんだろうね。




 俺たちが森をこんな時間に散策しているのはカブトムシ採集がしたいという鳥谷先輩と酒井先輩の要望に応えた結果である。


 高校生がやる遊びなのかはさておき、友達との昆虫採集は俺も小学生の頃にちょっとばかし憧れていたのでそこそこ楽しんでいた。


 この歳になって叶うとは思わなかったけどな。


「カブトムシ、引っかかってるかなぁ!」


「クワガタでもいいぜ!」


 ウキウキの先輩二人。


 闇雲に探すのは効率が悪いので、すでに夕方のうちに三人で森のクヌギにバナナトラップをセット済みだ。


 幼き頃に俺がよく使った祖父直伝のバナナトラップ。


 思い出補正かもしれないが、それなりに勝率は高かったはず。


 夜の森で迷うといけないから慣れている俺が案内役として懐中電灯を持って先導。

やがて罠を仕掛けた一つ目のポイントが近づいてきた。





「おっしゃーカブトカブト~」


 仕掛けたクヌギの木に先駆けて走り寄っていく鳥谷先輩。

 俺は先輩が見えやすいようバナナトラップ周辺にライトの光を当てる。

 …………。


「鳥谷先輩、ストップ!」


 俺は鳥谷先輩が近づいたクヌギの背後に大きな陰があることに気付いた。


 マ、マジかよ。

 あれは……森の熊さんだ……。

 太い前足につぶらな瞳。茶色い体毛。巨体の熊がそこにいた。


 まさか本当に森で熊さんに出会うなんて。

 まあ、田舎じゃ熊の出没はたまにあるっちゃあるけど……。

 あんな歌を二人が歌っていたせいか? 


 よりにもよって部のメンバーと遊んでいるタイミングで遭遇してしまうとは。


「わっ、熊だ、本物だ」


 鳥谷先輩が物珍しそうに熊を見上げている。

 あれだけ至近距離にいながらビビってないのは幸いだ。

 あの様子なら落ち着いて対処できる可能性が高い。


 熊は視線を外さず後ろ向きにゆっくり歩いて引けばやり過ごせる。

 しかし……。

 この熊でかいな。


 俺は木の後ろからこちらを窺っている巨熊を観察する。

 コイツ、体長5メートルくらいあるんじゃないか?

 身長150センチあるかも怪しい鳥谷先輩がそばにいるとその大きさがより際立つ。


 これだけの巨躯に接近するまで存在を認識できなかったとは不覚だ……。

 この熊、暗殺者のような気配殺しスキルでも持ってるんじゃないの?

 てか、そもそも熊って5メートルとかあるもんだっけ?


 平均がどんなもんかは忘れたが、普通はもっと小さかったような気がする。

 そういえば春頃に河川敷で遭遇した熊も10メートルくらいあった。

 この森の熊さんたち、もしかしておかしいの?



「鳥谷先輩、熊から目を逸らさずゆっくりこっちに下がってください」



 いろいろ疑念はあったものの。


 ひとまず危険ゾーンに佇んでいる鳥谷先輩を退避させることが優先だと思った俺は声をかけて指示を送る。



『フハハハハ、劣等種の末裔たる地上の民よ! 高潔なる我らの礎になって散ることを光栄に思うがいい!』



 …………。

 熊がなんか喋りだした。

 やっぱこの森の熊はおかしいのかもしれない……。



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