第68話『うちの村の最寄り駅に新幹線は止まらない』
「そういえば今度、あのよくわからない名前の部活の合宿があるんだっけ?」
馬王の話が終わり、なんとなく世間話風に須藤が訊いてくる。
「ああ、そうだよ。俺の実家でやることになったんだ」
俺はそこに着地するまでの苦労を思い出す。
当初、合宿先をどこにするかという話で部員は海派と山派と温泉派に分かれた。
意見が分かれるのまではよかった。
だが、三つの勢力は互いに考えを譲らず、このままでは合宿の計画自体が頓挫してしまいかねないほどに主張は平行線を辿った。
そこで俺が折衷案として提案したのが俺の地元だ。
俺の地元の村は山があり、海はないが川があり、そして温泉もある。
そのことを話すと、山派と温泉派は諸手を挙げて賛成し、海派も『まあ、泳げるなら……』と折れてくれた。
青春の思い出として、合宿を欠かすわけにはいかないからな。
上手くまとまってよかったとそのとき俺は心底安堵したものよ。
俺にとっては新鮮さも何もない場所での合宿だが、小学生の頃にできなかった『友達が家にお泊まりする』というイベントを回収できると考えればそう悪いことではない。
「合宿かぁ……。それって結城さんも一緒なんだよな……」
須藤はほうっと溜息をついて宙を見上げる。
「そりゃ、あいつも一応部員だからな」
「くぅ、羨ましいぜ! 結城さんが家に来るとか、お前もドキドキもんだろ? な? な?」
須藤がニヤニヤしながら肘をグイグイやってきた。
こういった反応をされると、そういや結城優紗という少女は高嶺の花扱いされるカースト上位の美少女だったなぁと思い出すことができる。
「くっそーオレもその部活に入っておけばよかったかぁ!?」
「…………」
素のあいつは四天王最強の不良からも面倒臭いと言われるほど残念な存在なのだが……。
せっかくできた友人の夢を壊すのは忍びない。
俺は特に否定せず曖昧に笑っておいた。
夕刻となり、俺たちは解散することになった。
別れを告げ、駅の改札に向かう須藤の背中を見送っていると、
「あんま学校のことは気にすんなよ! 高校生活はまだ長いんだ。少しでもお前と話せば無害なやつだってことはすぐわかるからよ! クラスの皆の誤解もそのうち解けるって!」
友人は振り返って俺にそう言った。
その言葉のおかげで俺は二学期こそはという希望を再び持つことができたのだった。
二日後。
今日は里帰り&将棋ボクシング文芸部の合宿に向かう日である。
早朝、始発の電車に乗るために俺たちは駅前に集合していた。
さすがにこの時間帯だと人はいつもより少ない。
「あのう、鳥谷先輩って、もしかしてお嬢様だったりするんですかね?」
俺はどうしても気になって隣に佇む金髪碧眼の先輩に訊ねる。
「はあ? お前は何言ってるんだ? まあ、確かに実家のファミリーの連中からは『お嬢』って呼ばれてるけど……」
ちょっと恥ずかしそうに言う鳥谷先輩は白いワンピースに麦わら帽子姿。
夏という季節の体現みたいな幻想的な出で立ち。
避暑地にいる深窓の令嬢を思い起こさせるけど、実際にそんな令嬢が存在するのかは疑わしい――そういう格好を彼女はしていた。
「そういえば先輩ってマフィアのお嬢様でしたね……」
「なんか変だったか? 旅行に行くときは大体こんな感じなんだけど」
これ、鳥谷先輩の遠出用のスタンダードな服なの?
普段の学ランを羽織ってるセンスとは系統が全然違うな。
街に遊びに行ったりしたときも動きやすそうな短パンとかだったし。
「いや、似合ってると思いますよ。可愛いです」
「そ、そうか……なんかハッキリ言われると照れるな」
鳥谷先輩は帽子の鍔をぎゅっと握り込み、頬を少々染めながらはにかんで言った。
そういう表情をしてると華奢な体躯もあわさって本当に人形みたいだ。
しかし、彼女の背中にはパンパンに膨らんだ山男みたいな巨大リュックが……。
鳥谷先輩って細身で身長低いのに意外と力あるよね。
クソデカ荷物を背負ってるけどまったく重そうにしていない。
中身は一体何が入っているのだろう……。
「あ、優紗ちゃんと杏南ちゃんもきたわ」
サマーカーディガンにロングスカートというフェミニンな格好をした丸出さんが、まだ到着していなかった二名の姿を捕捉する。
「ごめーん、お待たせー!」
「まだ時間の五分前……」
途中で出会ったのか、結城優紗と江入さんは一緒にやってきた。
結城優紗に引きずられるようにして歩いている江入さん。
ちなみに俺と江入さんは時間をずらして部屋を出ている。
今日は彼女のほうがだいぶ先に出たはずだが……。
「いやー早く着きすぎちゃったから先にいた杏南ちゃんとお茶してたのよー」
結城優紗は青と白の襟付きストライプシャツに黒スキニーというコーデであった。
頭に乗せた大きめのサングラスとキャリーケースの相乗効果で、こいつだけ海外旅行にでも行くんじゃないかと錯覚してしまう。
一方の江入さんは灰色のジップパーカーとチノショートパンツ。
シンプルなファッションといえば聞こえはいいが――
そのパーカー、よく見たら部屋着にしてるやつと同じじゃん……。
宇宙からやってきた少女はあまり地球のファッションに頓着していないらしい。
「じゃ、全員揃ったし行こうぜ! 新庄、案内頼むな!」
酒井先輩に言われ、俺は頷いた。
とはいえ、あらかじめルートの情報は共有しているんだけどね。
俺の実家には新幹線や電車を乗り継いで行く。
所要時間は六時間から七時間くらい。
正直、めっちゃ遠い。
こっちの駅から新幹線一本で行けたら楽なんだがなぁ……。
残念ながら、うちの村の最寄り駅に新幹線は止まらない。
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