第二章

第67話『夏休み開始。馬王について聞いてみた』




 前略。

 田舎のお父さん、お母さん。

 ついでに妹。

 僕は……この春に入学した高校で『学園の王』になってしまいました……。



「おめでとう! おめでとう!」

「おめでとう! おめでとう!」

「おめでとう! おめでとう!」



 鳴り止まない不良たちからの祝福の中、俺は開き直ったスマイルを貼り付けて地元にいる家族の顔をボンヤリと思い浮かべるのだった。





 おめでとう騒動の後、須藤には『お前、行き着くところまで行っちまったなぁ……』と何かを諦めたような声で言われ、丸出さんからは『朝、すごかったね、不良の人たちみんな集まってて……』と軽く引かれた表情を向けられた。



 他のクラスメートからはより一層畏怖の対象として見られることとなり、二学期こそはクラスに馴染めるかもという俺の淡い期待は速攻で露と消えたのである。





 終業式の日から一週間ほどが経った。

 今は絶賛夏休み中だ。

 本日、俺は須藤に街の案内をしてもらっていた。


 入学式の日に交わした約束を遅ればせながら果たそうということである。


 ありがたいことに終業式の一件があっても須藤は俺と距離を置かずに接してくれた。


 せっかく関係を修復したのに再度よそよそしくされたら俺のメンタルショックは計り知れないことになっていただろうから、彼の義理堅さには足を向けて寝られない。


 スマホの音が鳴って『遊びに行くのいつにする?』と連絡がきたとき、俺はまだ見捨てられていなかったことに激しく感動したものだ……。





 服屋とかゲーセンとか、上手いラーメン屋とか。


 一人では何となく探索しきれていなかった様々な場所を須藤に連れられて回っていく。


 繁華街には鳥谷先輩や部活メンバーたちとも何度か来たことはあるが、同級生の男友達と遊ぶ楽しさはまた別種のものがあった。


 須藤のガイドにより、俺は新しくいろいろなスポットを開拓することができたのだった。




 一通り街を巡った後、俺は須藤に喫茶店で馬飼学園の馬王について聞いていた。


「いや……お前さぁ、なんでよく知りもしないのに馬王だなんて言ったんだよ?」


 須藤がコーヒーをストローで啜りながら半眼で見据えてくる。


「まあ、それは何というか、成り行きというかノリというか……」


「ノリとか一時のテンションに身を任せた生き方してるといつか身を滅ぼすぞ?」


 同級生から呆れた目で諭される王がいるだろうか?

 ああ、ここにいる。


「…………」


 というか、俺は前にそういう一時のテンションに身を任せない生き方をしようと自分を戒めたはずなんだよなぁ……。


 残念ながら、その自戒は客観的に見るとまったく実行できていないようだ。


 悲しいことだね。




「そうだな……月光や花園が入学したのと入れ替わりで卒業した世代が最後の馬王だから、大体三年ぶりくらいか? 馬飼学園に馬王が誕生するのは」


 須藤が記憶を掘り起こすように語り出す。


 およそ三年前。


 先代馬王が卒業し、次は誰が馬王を名乗るかということで馬飼学園は一時、群雄割拠、天下分け目の戦国時代に突入しようとしていたらしい。


 ――が、当時新入生だった月光が二年生三年生の主立った連中を軒並み蹴散らし、あっという間に最強の座に君臨。


 その争いに終止符を打ったそうだ。


 花園や風魔先輩もメキメキと実力を知らしめていき、結局、月光らが入学した三ヶ月後には上級生を差し置いて彼らが学園の三強として不動の存在になったという。


「月光が事実上最強であるにも関わらず宣言しなかったから、今まで誰も馬王を名乗れない状態が続いてたんだよ。まあ、ずっと月光に蓋をされてたって感じだな」


「ふーん……」


 話を聞きながら俺は困惑していた。

 ここ、現代だよな?

 ネットの普及した近代社会で暴力による覇権争いがあるって都会はすげえなぁ……。


「でも、そんなに長らく最強の座を維持してたんなら周囲が勝手に月光を馬王って呼んでもおかしくなかったんじゃねえの?」


「いやぁ、月光は四天王で一番強かったけど、勢力としてはそこまで大きくないから……。他の不良も本人が宣言してないのに認めるほどプライド低くねえし」


 ああ、プライドですね。

 不良はメンツを大事にするっていうアレですわ。


「月光の派閥ってデカくないのか? 最強なのに?」


「ああ、親しい友人数人とつるんでるくらいで規模は四天王最小だよ。擦り寄っていったやつらもいたみたいだけど相手にされないで追っ払われたらしい」


「へえ……」


 なんとなくだけど、月光ってウジャウジャ群れるのを嫌がりそうだもんな。

 言われてみれば割と納得できる。


「人数だけなら花園と鳥谷先輩のところが一番なんじゃないか? ただ、月光のところのやつらは一人一人が準四天王クラスに強いって噂だけど」


 あの茶髪眼鏡とバンダナゴリラ、そんなに実力者だったのかよ。


「というか、それを言うなら俺も別に派閥とか持ってないんだが」


 俺は至極真っ当な疑問を伝えるが、


「いや、お前は鳥谷先輩の一派があるじゃん」


「え? あの人たち俺の一派ってことになるの?」


「まあ、対外的に見たらそういう扱いになるんじゃね? お前は鳥谷先輩の一派と仲良く一緒に行動してるわけだし」


「なんだと……」


 それって、俺は鳥谷先輩の築いていた地盤をまるっと頂いたような形になってしまったのでは……?

 鳥谷先輩はそうなることも含めた上で俺を祝ってくれたのか?

 だとしたら相当器がでけえよ、あんなにちっちゃいのに……。


「ちなみに先代の馬王は『ミラーマン』って呼ばれていたらしい。その通り名以外は一切の正体が不明で、当時を知る先輩たちも頑なにそいつの詳細を語ろうとしなかったんだと。だから先代馬王に関しては一体どんな人物だったのか、本名とか性格とか容姿とか、そういうとこが不自然なくらい下の代に伝わってないんだよ」


「はあ……」


「きっと、よっぽど恐ろしいヤツだったに違いねえ。名前を出すことすら憚れるバケモンってことだからな」


 須藤はぶるっと身を震えさせながら言った。


 そんな恐ろしい輩と学校生活を共にした同級生たちは振り返ったときに青春を楽しいものだったと思えているのだろうか?


 恐怖に彩られた三年間としか覚えていないのだとしたらそれはとても悲しい。


 自分の世代にそういうヤバイやつがいなくて本当によかった……。


「その点ではお前が馬王になってくれてよかったよ」


 須藤が微笑みながら俺を見る。


「実力はあるけど、変に威張り散らしたり傍若無人にキレたりしないもんな。オレが在学してる間は比較的平穏な学校生活を送れそうだ」


「須藤……」


「まあ、オレはお前のことを知ってるからそう思えるけど。他の連中はめちゃくちゃ怖がってるだろうな。それこそ当時のミラーマン並みに」


「…………」


 須藤の直截な物言いに俺は少しヘコんだ。

 薄々そう感じてたけど意識しないようにしてたのに……。




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