第91話『地上を守る戦いに赴くぞ!』




 朝食を食べ終えた後、俺は身支度を済ませて玄関前に行く。

 結城優紗と鳥谷先輩はすでに揃っていた。

 見送りで酒井先輩もいる。


「オレは巨大熊や忍者と戦うのは無理だからな……家で自主練して待ってるよ」


 酒井先輩は力になれないことを申し訳なさそうに言う。

 それが普通ですから気にしないで下さい。

 大会前の大事な身体ですし。


 怪我したら大変だし。


「よっしゃ! 行こうぜ!」


 鳥谷先輩はいつもの元気を取り戻して出立の音頭を取る。


 少しは吹っ切れてくれたようでよかった。


「あ、ちょっと待って下さい。鳥谷先輩、これを……」


 俺は懐からペンダントを取り出して鳥谷先輩に渡す。


「なんだこれ? くれるのか? ありがとう?」


 チェーン部分を握って渡されたアクセサリーを不思議そうに眺める鳥谷先輩。

 俺が渡したのはチャーム部分がカプセルになっているロケットペンダント。

 もちろんただの装飾品をプレゼントしたわけではない。


 ちゃんと実用性があるものだ。


「万が一のことがあったら……困ったときに開けて下さい。そのときあなたに必要なものが出てくるはずです」


 ん……? あれ、なんかこのやり取り既視感が――


「おう、ドラ○もんのやつだな!」


 それか。


「ねえねえ、あたしには何かないの?」


 期待を込めた眼差しで結城優紗が見つめてくる。


「いや、お前は自前のチートでどうにかできるだろ?」


「…………」


 すん。って顔をする結城優紗。


 さあ、地元を……地上を守る戦いに赴くぞ!




◇◇◇◇◇




-地下都市メリタ-



「いよいよだな……」



 地上への進軍に備えて集まっている戦士たちを目前にしながら、紅鎧は疼く右目を押さえて数ヶ月前の屈辱を思い返していた。



 地上が楽園に戻っていると知ってもなお、地上を下層階級の末裔から取り返そうとしない議会の連中。


 数ヶ月前、紅鎧はそんな煮え切らない臆病者どもに痺れを切らして単独で地上に攻め込んだ。


(どいつもこいつも誇り高きメリタの民としての矜持を忘れやがって。どういう神経をしていたら地上を下等な末裔共のモノだと認められるんだ? 連中はオレたちがいない間、勝手に地上にのさばってやがっただけだろうが)


 地上に住む下層階級の末裔程度なら何千人いようと自分一人で容易く制圧できる。

 紅鎧はそう踏んでいた。


 紅鎧はメリタの戦士を多人数相手取ってもそうそう負けることはないのだから。

 地上の制圧などアリの巣を潰す程度の作業にすぎないと考えていた。

 しかし――


 紅鎧は敗北した。

 地上に何の爪痕も残すことすらできずに逃げ帰るしかなかった。

 地上人の女を戯れに追い回していた先で待ち受けていた男の手によって……。


 無毛の猿人族と思われる地上の男は氷を操る謎の術で不意打ちを食らわせ、紅鎧の眼球から脳天までを貫いた。


 地上人が紅鎧に深手を負わせるほどの術を使うとは想定外だったため、紅鎧は特に回避を意識することもなく直撃を食らってしまったのだ。


 地下に戻った後も、あの男から受けた傷はなぜか治りが遅かった。

 熊人族の特性を以てしても助からないのではと思ったほどである。

 最終的に体調は完全回復したが、貫かれた右目の視力は戻らなかった。


 けれども、その苦しみを代価に紅鎧は通常では考えられないような力の増強を果たすことができた。


 一方、紅鎧が一度失敗したことで議会の臆病者どもは地上人と交易するという方針をより強固に打ち出して紅鎧の一派に賛同するよう求めてきた。


 交易とは国同士や別個の集団で行なうもの。


 支配者と使役される側で行なうものではないはずだ。


 メリタに住まうことが許されなかった血族の子孫が、どれほどの年月を地上で過ごそうと支配権が彼らに移ることはありえない。


 自分たちに支配される立場の連中と何を交易するというのか。


 本当の主が帰ってきたのだから地上を明け渡せと一言命じればそれでいいはずだ。


 メリタの民がいない間、地上にも積み重ねてきた歴史があるというわけのわからない理屈をこね、まるで地上人たちに地上の支配権があるかのように語る輩共には心底うんざりだった。


 地上人が抵抗するなら力尽くで追い落とせばいいだけのこと。


 腑抜けたことをほざく議会の連中には呆れるしかない。



 だが……。



 紅鎧がもっとも不愉快だったのは、地上の国を取り戻すという先祖の悲願を一緒に叶えようと幼き日に誓い合った友までもがそんな戯けた主張に傾いていることだった。



「あいつのヌルい性分は気に入らなかったが、それでも志は同じだと思ってたのによ……」



 どことなく哀愁を漂わせた雰囲気で紅鎧は唯一認めていた戦士への失望を口にする。


 結局、地上に攻め入る今日まで意見は相容れなかったため、いくら思いを馳せても今さら詮なきことだが……。



 もはや袂は完全にわかれた。



 紅鎧が立ち上がり、その巨体を揺らすと地下都市全体が揺れる。


 巨漢揃いの熊人族でも元から大柄の部類であった紅鎧。


 しかし、死の淵から復活した彼は今やその体躯を全長70メートルほどにまで巨大化させていた。


 熊人族の兵士の平均が4、5メートルほど。

 紅鎧の側近の四天王たちですら8メートルほどである。

 紅鎧の現行サイズがいかに異常なものかは火を見るよりも明らかだった。



『強大な力を手にしたオレ様は狭くてジメジメした地下に収まる器じゃねえ。地上が楽園に戻っているのなら……その王に収まるべきはオレ様以外にありえねえ!』



 地上には氷を操るあの男がいる。

 下層階級の末裔にしては随分と高い能力を持っていたようだが……。

 この生まれ変わった肉体ならどんな強者であろうと跳ね返すことができる。


 もはや不意打ちなどは効かない。


 なにも恐れるものはないのだ。



『さあ、野郎共! 支配者面をしている下層階級の末裔から楽園を取り戻しにいくぞ!』



 紅鎧が鼓舞すると



『『『ウォオオオオオオオオオオオ――!』』』


『『『イエエエエエエエッエエエエ――!』』』


『『『ヒャッハアアアアアアアアア――!』』』



 戦士たちは喝采の声を上げ進軍を開始した。





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