第78話『祠』



 競泳対決をしたり、ぷかぷか浮かんだり、釣りをしたり。

 各々がやりたいことをゆるっと始めた部活メンバーたち。

 俺も久々に地元の川に浸かってその冷たさを体感する。


 幼少の頃より親しんだ自然の快楽を味わう。


「ん? なんだありゃ……」


 ふと、河川敷と森の境界付近に見かけない祠があることに気づいた。

 あんなもの、あそこに建っていただろうか?

 見たところ比較的新しいように思えるが……。


「ああ、あれねー。なんか、都会からきた人が『この山には偉大な神がいる。奉らないのは地域にとって大きな損失』とか言って費用を全額出して建てていったんだよ。当面の維持費も自治会に渡していったみたいでさー」


 訝しむ俺に圭が教えてくれる。


「はあ? この辺にそんな神様がいるなんて話あったっけ?」


「全然ないよ。おばあちゃんもおじいちゃんも聞いたことがないって首を傾げてた」


 地元民も知らない神様か……。変なカルトじゃないだろうな。

 うっかり怪しい契約書とかにサインしないよう家族に言っておかないと。

 いや、待てよ? 山の神? それってなんか覚えが――


「うおっ!?」


 突如、ぬめりのある濡れた物体が顔面に飛んできた。

 俺はそれを慌ててキャッチ。

 魔王由来の反射神経はこういうときに便利だ。


「なんだこれ……魚……?」


 握りしめた物体は俺の手の中でピチピチ動いていた。


「お兄ちゃん、すごいよ! 江入さん、魚を手で弾いて捕まえてる!」


 圭の指差した先を見ると、中腰姿勢で水面を見つめる江入さんがいた。


「ふんっ」


 パシンッ。

 パシンッ。

 江入さんは熊のように魚を素手で掬い取っていた。


 俺の眼前スレスレを通って河川敷に打ち上げられていく魚。


「お前、そんなことできたんだな……」


 俺は呆れながら言う。


「身一つで魚を捕まえることができれば飢えることはない。これは地球で生き抜くために優先して取得した能力のひとつ」


「…………」


 前に『探査船を失っても生活環境を確保できるような作業ツールを保持しておきたい』って言ってたけど。


 それってそういう原始的なヤツもあったのか……。


「そこに立っていられると角度によっては魚の軌道に入る。どいてほしい」


「アッハイ、ごめんなさい」


 あれ? 俺は何について考えてたんだっけ?

 魚攻撃で全部吹っ飛んだわ。

 まあ、忘れるってことは別に大したことじゃなかったんだろう。





 二時過ぎ頃まで川遊びを堪能し、俺たちは帰宅。

 その後は夏休みの宿題をやる者、トレーニングをする者、昼寝をする者など。

 各自が好きなように過ごした。


 自主性を重視して互いの行動を縛らないのは将棋ボクシング文芸部の長所だと思う。


「只今帰還」


「あ、おかえり」


 そのなかで、お隣の幸一おじさんの家に配信者のイロハを聞きに行っていた江入さんが夕飯近くの時間帯になって戻ってきた。


「江入さん、どうだった? いい話聞けた?」


「実に有益な時間だった」


 俺が聞くと、江入さんは心なしか少し浮かれた様子でそう答えた。


 毎度のことながら、無表情だからそんな気がするって俺が感じてるだけだけど。


「やはり経験者に直接話を聞くというのは理解しやすい。配信に必要な機材のオススメや編集ソフトの操作方法などを丁寧にレクチャーしてもらえた」


「ふーん? よかったじゃん」


 どうやら江入さんは本格的に動画配信で一発狙いにいくつもりらしい。

 おい文芸部とツッコミを入れるのは野暮なのだろう。

 それにしても――


 俺が物心ついた頃から無職だった幸一おじさん。


 俺の中で『幸一おじさん=無職』という認識だった。


 そんなおじさんが稼げる仕事を得たというのは、俺にとっての幸一おじさんという概念を根底から覆すような衝撃だった。


 受け入れるのに必要なショックの度合いを例えるなら、そう――


 知り合いのおじいさんが、ある日いきなりピチピチの女子高生になって挨拶してきたみたいな感じ。


「人はいつまでもそのままじゃない……誰しも変わっていくってことなのか……」


 俺が移ろいゆく時の流れに儚さを感じていると、


「そういえば『靴下可愛いですね』というコメントはスカートの中を覗くための罠だから気をつけろと注意された。あと『ちゅらトゥーッス』というデンタルケア商品をオススメしている配信者は信用しないほうがいいらしい」


 江入さんはおじさんから指南してもらったばかりの知識を披露してくれた。


「…………」


 二つ目は主観入ってない? 知らんけど。いや、ホント知らんけど。








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