第77話『意外とコスメ気にしてる……』




 翌日。

 朝食を食べ終えた俺たちは河川敷に遊びに来ていた。

 受験生の妹も息抜きという名目で帯同している。


 俺の家から歩いて十分ほどの距離にある川は山の緑に囲まれ、大きな岩とかがあって自然と調和しているとアピールできる景観の川だった。


「うわぁ、水がすっごく綺麗! 透明で底まで見えるわ!」


 結城優紗が水面を覗き込んで感嘆の声を上げる。


 初日の移動のときは割とフォーマルじみた格好をしていたが、今日の彼女はデニムのホットパンツと片側だけ肩が露出したTシャツというカジュアルな服装になっていた。


 丸出さんや江入さんたちも川面を見つめて各々の反応を示している。


「なあなあ、しんじょー。この辺にはそこから飛び込めたら一人前って言われるような伝統の場所はないのか?」


 鳥谷先輩が瞳をキラキラさせて俺に期待のまなざしを向けてきた。


「一人前……? ああ……」


 鳥谷先輩が言っているのは恐らく地元の子供の度胸試しスポットのことだろう。

 橋の上とか崖とか。

 そういう高いところから水面に飛び込むことで大人であると証明する通過儀礼。


 鳥谷先輩の表情を鑑みるに相当楽しみにしている様子だが――


「残念ながら、うちの地元に該当する存在はないですねぇ」


「なんだぁ、ないのか……」


 鳥谷先輩は露骨にテンションを落とした。

 ガックリとうなだれて『しょぼん』という効果音が似合いそうな顔になっている。

 まあ、本当はあるんだけど。


 正確にはあったというべきか。

 俺が小さい頃に危ないからという理由で禁止になったんだよね。

 村でも圭より下の世代のガキ共は恐らくそういうものがあったことすら知らないだろう。


 次世代に伝えていく流れを俺が打ち止めてるし。


 教えたら怒られるんだもん。


 一応、飛び込みに使われていた場所自体は知っているので先輩にはコッソリ話そうかと思ったが……。


 万が一挑戦されて何かあったら責任持てないからなぁ。

 ここは心を鬼にして黙秘することにしよう。

 あなたのためを思って言わないのよ。


「ええい、こなくそー! そんならハチャメチャ泳ぐぞー!」


 鳥谷先輩は着ていたワンピースをバッと捲りあげ、豪快に脱ぎ捨てた。


 服の下から中に着込んでいた水着が現れる。


 レースフリルがついていて、それが良きアクセントになっているセパレートのイエロービキニだ。


 いや、すまん、アクセントになっているかはわからんわ。


 女性の水着の善し悪しとか知らんし。


「しんじょー? どした? なんか驚いたような顔してるけど」


「いえ、なんでも……」


 意外にも鳥谷先輩には括れがあった。

 俺はそのことに驚愕していたのだがそんなことは言えない。

 全体的な縮尺はミニマムながら引き締まったウエスト。


 三角筋や大腿四頭筋に薄らカットが入っているメリハリのあるスレンダー体型。

 身長低いし、キャラ的にぽっこり幼児体型だと思っててすいません……。


「お兄ちゃーん、ほら見てー新しい水着よー、どや?」


 川に駆け出していった鳥谷先輩と入れ替わるように圭が『ふんす』と鼻を鳴らして今年買って貰ったらしい水着を見せてきた。


「うーん。紺色の水着のコントラストがコングラチュレーションだね」


「わあ、寒いオヤジギャグありがとう! 意味わかんないのも素敵だよ!」


 妹の水着への感想なんてそんなもんだ。

 

 他のメンバーも続々と脱衣を済ませて登場。


 河川敷には着替えるスペースが茂みくらいしかないので、みんな家から服の下に水着を着込んできているよ。


 結城優紗はワインレッドのビキニ。

 モデル顔負けの頭身で恥ずべきものは何もないと言わんばかりに長い股下を晒して堂々と佇んでいる。

 自信の表れが身体中から発信されていますね……。


 丸出さんはブルーのワンピースタイプの水着。

 だが、上からパーカーを羽織っているため全貌は拝めない。

 綺麗な黒髪を片側に束ねて結ぶ髪型は普段と違って新鮮でいいなと思いました。


 そして江入さんは――


「いや、スクール水着って……」


 江入さんは黒のスクール水着だった。

 言っておくと、馬飼学園にプールの授業はない。

 つまりこれは彼女の意思で選択し購入したモノということになる。


 なぜプライベートで学校指定に使われそうな水着をチョイスするんだ……。


「日本人女性の着用率がもっとも高いポピュラーなスイムウェアを選んだ。ほとんどの日本人女性が一度は着たことがあるという統計も取れている。何がおかしい?」


「そりゃあ学校の授業で指定されるのは大体競泳水着だからな。別に好まれてそういう算定結果になってるわけじゃないと思うぞ」


「…………?」


 首を傾げる江入さん。じゃあなんならいいんだと言いたげな視線である。


 俺が言ったらそれ着るんか?


「おーい新庄! すまんが日焼け止め塗るの手伝ってくれ!」


「え? 酒井先輩、日焼け止め使うんですね」


 呼ばれてトコトコ馳せ参じる俺。


 酒井先輩は豪放な性格なのでそういうのは軟弱だと言って使わないタイプかと思ってた。


「そのままだと赤くなっちゃうからな。スキンケアは大切だぜ!」


「意外とコスメ気にしてる……」


 余談だが、酒井先輩の水着はブーメランパンツだった。


 ぎゅって食い込みがすごいやつ。


「この水着、実はワンショルダーと迷ったんだけどさぁ――」


「はあ……」


 ボクサーな先輩の背中にスプレータイプの日焼け止めを吹きかけながら、俺はその水着のセンスは深く踏み込んでいい領域の話なのかと愚考するのだった。


 ああ、女子は女子同士で日焼け止めを塗り合っていたよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る