第76話『枕がデカすぎる』
酒井先輩との練習を終えて部屋に戻る。
戻る先は合宿用に用意された離れの男子部屋だ。
もちろん俺の自室は別にある。
でも、せっかくみんなが泊まりに来てるんだから同じ空間を共有したいじゃん? ってことで、俺も合宿中は自分の部屋じゃなくこっちで寝る予定。
「どこだ、どこだー!」
廊下を歩いていると女子部屋から声が聞こえた。
就寝前だからか襖は全開になっている
垣間見える室内で、鳥谷先輩が巨大リュックサックの中から様々なものを取り出して乱雑に広げていた。
テレビ型の虫かご。飼育ケースタイプの虫かご。虫取り網。
週刊少年ジャ○プ。釣り竿。エビオス錠の瓶。
他にも着替えの半ズボンやシュノーケルなど、様々なアイテムがポイポイと床に投げ出されている。
「おーあったあった! やっぱ枕が変わると眠れないからなぁ~」
最終的に鳥谷先輩がリュックから取り出したのは70センチ×45センチはありそうな大きい枕だった。
ンアーッ! 枕がデカすぎるルン!
「うわぁ、鳥谷先輩、なんかそれすごい枕ですねっ!」
結城優紗がデカい枕に興味を示す。
「へっへーいいだろー! こいつはわたしのお気に入りの一品だぞ!」
デカ枕を見せびらかす鳥谷先輩。
ひょっとしたらマニフレックスの枕かな……。
あれってイタリアのメーカーだったはずだし。
「お、しんじょー! 酒井の練習は終わったのか?」
俺たちの存在に気づいた鳥谷先輩がデカ枕を抱えてやってくる。
先輩は寝間着に着替えたのか、シルクの光沢が目立つワンピースを着ていた。
細い肩紐のこれは……あれだ、キャミソールとかいうやつだ!
天蓋付きベッドとかが似合うやつだ! いや、天蓋付きベッドは主観ですけど。
「ちょっとーお兄ちゃん、ケイティさんをまじまじ見過ぎだってー」
ちゃっかりと部のメンバーに混じって部屋にいた圭がチャチャを入れてくる。
いや、別にそんな不躾に見ていた自覚はなかったけど……。
だが、種の本能として可愛いものに視線が向かっていた可能性は否定できない。
「鳥谷先輩、一応これ羽織って下さい……」
丸出さんが後ろから近づいて鳥谷先輩の肩にパーカーを掛けた。
「別にそんな寒くないぞ?」
本人は微塵も気にしていない感じだった。
きっと鳥谷先輩にとっては寝るときに着る衣類というだけの認識でしかないのだろう。
まあ、田舎の夜は想像以上に冷えるから上に着ておくべきなのは確かである。
「てか、圭、あんまこっちに入り浸ってみんなに迷惑かけんなよ?」
先輩のキャミソールから意識を切り替えて俺は妹を窘めた。
仲良くなるのはいい。
だが、あんまりべったりだとみんなに気を遣わせてしまう。
大体、彼女は受験生だし寝る前の今は貴重な勉強時間のはずだ。
こんなところで遊んでいるのはいかがなものか?
「真帆さんと優紗さんに勉強を見てもらってたんだって! 二人とも教え方がすっごく上手いんだよ!」
それは俺も停学期間中の授業内容を教えてもらったから知ってるけど……。
「圭ちゃん、素直で可愛いし。連れて帰って妹にしちゃいたいくらいだわ」
結城優紗がニコニコスマイルで圭を抱き寄せ、よしよしと頭を撫でた。
どうやら結城優紗は俺の妹がお気に召したらしい。
見た目は都会の洗練された美少女である結城優紗に可愛がられ、圭もまんざらでもない様子だった。
「ふ、ふーん? でも、俺だって学校のテストで平均点以上を取れる程度の頭脳はあるんだぜ? ほら、お兄ちゃんも教えてあげよう」
「いや、もう今日のわからないところは大体聞き終わったからいいよ?」
「…………」
圭は勉強道具を抱えて自分の部屋に帰っていった。
「人生はままならないもの」
寝そべった体勢でラノベを読んでいる江入さんが呟く。
袖にされた俺に対する当て擦りかコノヤロー。
「てか、江入さん、なんか機嫌悪くない?」
どことなく俺には彼女がむすっとしているように見えた。
結城優紗や鳥谷先輩は『え? いつもと変わらなくない?』とか言ってるけど。
江入さんは唇を僅かに尖らせ、
「さっきあなたの妹に聞いた。ネット環境がこの家にはない……」
ああ、それかぁ……。
うちはWi-Fi繋げてないからなぁ。
俺もスマホは都会に出る直前に買って貰ったくらいだし。
見れば、持参してきたらしい江入さんのノーパソが畳の上にほっぽらかされていた。
「あなたはいつも私から通信を奪う……」
「…………」
恨みがましい視線を送られたが――
生産性のある返事が思いつかなかった俺は沈黙を選んだ。
まあ、来る前に言っておいてあげればよかったかなと思いました。
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