第105話『手短な目標』
「清く正しく云々がなぜヤンキーを狩ることに繋がるのだ? まったくわからんぞ?」
俺が口をつぐんだのを見て、風魔先輩が引き継ぐようにコス少女に訊ねた。
コス少女は倒れているヤンキーどもを見下ろしながら、
「こいつらは他人に迷惑をかけるゴミですよね? ゴミは汚く、彼らは悪です。わたしはゴミを片付ける清い活動をしています。それはすなわち正しい行ないです。そしてこの可愛い衣装、実に美しいでしょう? あとは神に頂いた力を使って悪を倒し続ける――これは強くなればできません、要するに強く生きるということです」
彼女は完全な論理を展開したと言わんばかり。
下された責務を忠実にこなしている自負で自信満々の表情だ。
「ほ、本当に神ってのはそういう意味でその言葉を言ったのかなぁ?」
俺がちょっと上擦った声で問うと、
「ええ、そうですよ? ハッキリとは言いませんでしたが、わたしにはそういう意味だったと皆まで言われずとも理解できます。まぶたを閉じれば蘇るあの夜の出来事……。ああ、山の神よっ! この身がたったひとつしかなく、両手で拡げた範囲だけでしか正義の力を振るえぬことをお許し下さい!」
このコスプレエセ魔法少女。
すっかり自分に酔ってやがる……。
「その神というのは一体どうやって君に力を授けたのだ?」
「それは言えませんね。他言するなときつく言われておりますので」
風魔先輩の問いに対してコス少女は固い意思で回答を拒絶した。
口止めでもされてるのか?
そういえばしたような……いや、駄目だ、何も俺は知らない。
「最後にひとつ訊かせてほしいのだが。街の不良を襲って、君は最終的に何がしたいのだ? ひたすら神とやらのために戦い続けるのか?」
確かに片っ端からヤンキーを襲いまくっても、現実的にヤンキーが街から消えるということは考えにくい。
まあ、抑止力にはなるかもしれんが。
「もちろん、すべての悪を浄化するまで終わりません。いずれは汚職に満ちた上級国民、反社会的勢力の駆逐にも乗り出すつもりです。しかし、まずは手短なところ――この辺一帯のヤンキーの頂点に立つ馬飼学園四天王とそれを従える巨魁、新庄怜央を成敗することが目標ですね」
俺、手短な目標に設定されてた!
「縄張りを荒らせばすぐボス格が出てくると思ったのですが、なかなか姿を見せないので困ってるんですよ。ああ、でもこの間、四天王の一人の花園という男子は倒したんです。あまり大したことありませんでした」
花園の扱い!
それにしてもヤンキー狩りのメインターゲットが俺や四天王だったとは。
けど、幸いなことに向こうは俺たちに気付いていないようだし、このまましれっと立ち去れば何事もなくやりすごせるはず。
そう思っていたら、
「時に私は風魔凪子という。馬飼学園で四天王と呼ばれている者だ」
このポニーテール、自分から言っちゃったよ!
でも、よく考えたら風魔先輩が街を歩いていたのはヤンキー狩りの暴挙を止めること。
だとすればここで交戦回避を選択する意味はないわけで……。
「そう……あなたが風魔凪子ですか……」
風魔先輩の自己紹介を聞いたコス少女は一瞬驚いたように目をパチクリとさせる。
だが、すぐ冷静な顔に戻り、
「風魔凪子は四天王ながら反道徳的な行為はしないと聞いています。なのであなたのことは見逃してあげましょう。わたしも見境なく人を襲っているわけではありません」
そんなふうな分別のある強者っぽい態度を取った。
いや、見境あっても人を襲っちゃあかんやろ!
「ほう、見逃して……“あげる”とは随分見くびられたものだな」
風魔先輩が手に持った竹刀袋っぽいものを握りしめて目をギラッとさせた。
これ、ちょっとだけ怒ってる?
「貴様が我が校の学区内で馬飼学園の生徒を襲ったのは事実。その蛮行を働いた者を野放しにしておくほど風紀委員は腑抜けた組織ではない!」
「おや、正義のためにゴミを駆逐しているわたしを敵と見做すのですか? あなたはゴミを排除する側だと聞いていましたけど。ゴミの味方につくと?」
コス少女がスウッと冷めた声音で風魔先輩に言った。
「私はいつだって馬飼学園の生徒の味方だ。その中で風紀を乱す者がいれば正しい道に矯正することもある。ただそれだけのこと」
「やれやれ、結局はあなたもゴミということですか。評判はあまり当てになりませんね。ならば……神の代理で成敗よ!」
コス少女はアイドルっぽいステップと手の動きをしながら、左手で握った登山杖を風魔先輩に突きつけた。
そのセリフ、彼女の決め台詞か何かなのかな……。
なんか気が抜けるわ。
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