第114話『え? ならんよな? なる? どっち?』
二学期を三日後に控えた八月下旬。
俺は鳥谷先輩の家に招待されていた。
鳥谷先輩の住むマンションからは近隣で開かれる花火大会がよく見えるらしく、夏休み最後の思い出に将棋ボクシング文芸部のメンバーで集まって花火の鑑賞会をやろうと誘われたのだ。
「えーと、ここら辺かな……」
現在の時刻は六時半頃。
花火の打ち上げ開始は七時半からなのでそれより前に集合となっており、俺は自宅から江入さんと共にスマホのルート案内に従って教えられた住所に赴いていた。
あ、ここだわ。
あった……。
そこにあった高層の建物を見上げて言葉を失う。
おっきいたわまんだぁ……。
そう、鳥谷先輩から指定された住所にあったのは見た目からしてなんかもう特別感が漂う流線型デザインのタワーマンションだった。
さすがマフィア……。
反社会的勢力に相応しい立派な家にお住みのようで。
俺がブルジョワな風格に当てられて震えていると江入さんがポツリと呟く。
「スキットルを二つ重ねたような外観」
「…………」
スキットルとはイメージ的にカウボーイや軍人がウイスキーを飲むのに使っている金属の小型容器である。
言われてみれば、緩やかなカーブの効いた楕円形が二枚重ねっぽくなっている形状はそう見えなくもない。
というか、そう言われたらそうとしか見えなくなってしまった。
セレブリティとの邂逅に浸ってたのに台無しだよ。
まあ、いい感じに緊張もほぐれて自然体になれたしちょうどいいか。
俺はインターフォンで部屋番号を押して鳥谷先輩の部屋に繋ぐ。
『お待ちしておりました。どうぞお入り下さい』
インターフォンからは老齢の男性の声がした。
誰だろう? 鳥谷先輩の父親? それとも祖父?
でも、鳥谷先輩は日本では一人暮らしって言ってたけどな……。
はわわっ。
先程の江入さんの発言で落ち着きを取り戻していた俺は再びセレブの洗礼を浴びて取り乱していた。
ホテルかと見紛うような天井の高い二層吹き抜けのエントランス。
壁がガラスで……オブジェみたいに上から下まで伸びてるやつは何アレ。
無駄にリッチさ出してきてイミワカンナイ!
共用部分に金かけすぎだろ……。
あと、インターフォンで開けてもらったにも関わらず、コンシェルジュのいる受付にも話を通さなくてはいけないようだ。
普通に部屋まで行かせてくれよぅ……。
高級なマンションはセキュリティがしっかりしているんだな。
エレベーターも来客用に渡されたカードキーがなければ動かないみたい。
しかも、訪ねる相手の階にしかいけないようになっているんだとか。
はえぇ、ハイテクゥ。
エレベーターが鳥谷先輩の居室がある25階に着いた。
カーペットが敷かれた微妙に薄暗い内廊下を進んで鳥谷先輩の部屋番号を探していく。
「あ、この部屋だ」
ドアもなんか模様みたいなのが掘られていて、ちょっとしたところもこだわってます感を見せつけてくる。
こういう細かいデザインにも金がかかってるから家賃が高くなってるのかなぁ。
呼び鈴を鳴らして家主に到着を知らせる。
「よくぞいらっしゃいました」
ガチャリとドアが開くと、黒いジャケットを着た老齢の外国人男性が出迎えてくれた。
しっかりセットされた白髪混じりの髪、青い瞳、気取らない紳士感溢れる物腰。
ロマンスグレーって言葉がピッタリの老紳士だった。
これは、この人はまさか執事では! セバスチャンか?
いや、さすがにセバスチャンじゃないよな……。
「わたくし、日本でお嬢様の世話係を務めさせて頂いておりますガブリエーレと申します。お嬢様はリビングにてお待ちです」
やはりセバスチャンじゃなかった。
というか、鳥谷先輩一人暮らしって言ってたけど一人じゃないじゃん!
もしかして使用人はカウントしないガチお嬢様……?
「わたくしども使用人は同じマンション内の別室を宛がわれてそちらで寝起きしております。この部屋に住まわれているのはお嬢様だけですよ」
ガブリエーレさんが俺の内心を読んだかのような説明をしてくる。
困惑が表情に出すぎていたかな。
けど、そっかぁ。
仕事の時間が終わったら別の部屋に帰って行くのかぁ。
それなら一人暮らしだね! ……ってなるかい!
え? ならんよな? なる? どっち?
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