第52話『願いを叶える条件』







 段田理恩の妹は急に髪型が変わってファンキーな性格になった兄のことが気がかりだったようで、何か事件に巻き込まれているのではないか? 悪い人間にそそのかされているのではないか? など、いろいろ熱心に訊いてきた。


 まさか中身が悪魔になってますとは言えない……。


 答えには相当苦心した。


「ええ、はい……それは……うーんと……」


 どうにかこうにかはぐらかし、最終的に俺は自分に正直に生きることにしただけだと思うから見守ってあげてと言っておいた。





 通話が終わったのでダンタリオンにスマホを返す。


「どうやらデカい借りができちまったようだな」


 スマホを受け取りながら、ダンタリオンはフッと笑った。

 こんなのが貸しだと思いたくないんだが……。

 レンタルフレンドかよ。


 借りっていうなら時給とか請求しちゃうぞ?


「妹のヤツは段田理恩がいじめられていたことをすげー気にしてたからよ。今はそういう対象じゃないって疑いなくいてもらいたかったんだ」


「お前、段田理恩の妹のことを割と大事に思ってるんだな」


 俺が言うと、ダンタリオンはそんなんじゃねえよと否定した。


「この身体の本当の持ち主、段田理恩は強くなりたいとオレに願った。だが、その願いの根幹は妹に安心してほしい、心配をかけさせたくないって想いからだったんだ。だからオレは契約した悪魔として段田理恩を強い存在にするだけじゃなく、妹の心の平穏も守ってやらないといけないわけよ」


 いや、不良として好き放題やってることで妹さんに別の心配かけてると思うけど……。


「それはそれなの。弱っちいせいで不安にさせなきゃいいの!」


 適当だなぁ……。


「そもそも、なんで悪魔の公爵様が人間の身体に入ってヤンキーごっこしてんだよ」


「ああ、それは……オレはちょっとした手違いで地球に来ちまったんだが……」


 一年程前、地球にうっかり迷い込み、魔界とは違う環境に適応できなくて弱っていたダンタリオンは偶然瀕死の重傷を負っていた段田理恩を見つけた。


 そのときの段田理恩は、ダンタリオンが介入しなければ全快の見込みがないほどの状態だったらしい。


「どうやら理恩は駅の階段から落ちそうになっていたベビーカーを見つけて咄嗟に助けようと飛び出して、そのまま一緒に落下しちまったみたいでな」


「ええ……ベビーカーの子供は無事だったのか?」


「もちろん無事だったさ! 理恩が身を挺して庇ったからな!」


 ドヤ顔でダンタリオンは言った。


 なんでこいつが誇らしげなのだ……。


「理恩は他人に強く出られないせいでいじめられていたみたいだけど弱いやつじゃねえんだ。自分の身を省みず誰かのために突っ込む度胸があった。オレは理恩のそういう内に秘めた根性が気に入ったわけよ! 軟弱そうだが、意外と見所があるやつだって!」


 段田理恩を気に入ったダンタリオンは彼に契約を持ちかけた。


 願いを言え、自分と契約すれば命は助かり、願いも叶える、そう言って。


「で、あいつは強くなりたいとオレに望んだ。願いを叶える条件にオレが提示したのは、オレに身体を貸して一つになれってコトだ。オレも魔素が薄い地球で力を蓄えるには人間の器が必要だったからよ。お前が訊いてきた『乗っ取ったのか?』って疑問は半分正解で半分不正解だ。今の状態は同意の上だし、理恩の魂が回復したらあいつも表に出てこれるようになるからな」


 強くなりたいっていうのは不良のボスになるとか、そういうことじゃない気がするが……。


 まあ、悪魔は願いをちょっとズレた解釈で叶えるって聞くから仕方ないのかな。


 本物の段田理恩君が表に出てきたときにだいぶ困惑しそうだけど。


 自分で契約して、死んでいたところを助かったんだから、そこは甘んじて受け入れて頑張って欲しい。


「妹のヤツも、最初の頃はどう接したらいいのかわからない感じで遠慮したよそよそしい態度だったが……。さっきの電話の声、聞こえたか? 最近じゃ、ああやってズケズケものを言ってくるようになったんだぜ。それは変に気を遣わなくてもいい、本音で語り合っても平気な相手だって段田理恩を認めたってことだろ? 理恩は……憐れまれるのが一番つらいって言ってたからよ」


 ダンタリオンは――しみじみと感情のこもった声でそう言うのだった。



「オレは理恩の願いを叶えて力を取り戻し、魔界に帰る。理恩は願いを叶えて身体も回復して健康になれる。オレたちは互いにウィンウィンの関係ってわけさ」



 まあ、こいつのなかで線引きみたいなもんがあるなら介入しないでおくのがやはり正解なのだろう。


 これはきっと段田理恩とダンタリオンの問題だから。





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