第108話『カンタロス』





 パキパキパキ――


 キングの全身が分厚い氷の塊に埋まっていく。

 ああ、またおもちゃ氷みたいな像が増えた。

 きっしょ。


「どうです! 怪物の親玉を成敗しました! 山の神よ、またわたしは強く生きてしまいました……!」


 くるっとターン&ステップを決めて恍惚の表情を浮かべるコス少女。



「愚かな……」



 そこで初めてキングの後方で控えるように立っていた初老くらいの男が口を開いてそう零した。


 あのおっさん、カンフーとかやってる人が着てそうな丈の長い服を着ているから武闘家なのかな。


 古代何万年の歴史の武術とか強そう。


 なんて暢気なことを俺は考えていたのだが――



「えっ!」



 コス少女の声が上がる。

 見ると、氷に包まれたキングからボウッと炎が立ち上っていた。

 彼の全身を覆っていた氷が炎に包まれてみるみる溶かされていく。


「フフッ……表面を薄い氷で包んだけじゃボクは止まんないよ?」


 完全に溶けきった氷から姿を現わしたキングはまるでノーダメージという面構えでそこに立っていた。


 炎で溶けた水分まで蒸発させたのか、水が滴ったりもしていない。


 ドライヤーいらないのっていいね。


「う、うそです……。山の神から授かった力が打ち破られるなんて……!」


 必殺技っぽかったヤツをあっさり無効化されてコス少女は打ちひしがれたように呻く。


「さて……。次は何を見せてくれるの? 全部見せてくれるまで逃がすつもりはないからさ。とことんやってボクを楽しませてよ」


 相変わらず胡散臭いほどにクリアな笑顔を顔に貼り付けながら、ゆっくりと近づいてくるキング・トール。


 これはやっぱり俺が相手をして黙らせるしかなさそうだな……。





「あの白い服の男は俺が相手するよ」


 ずいっと前に出て、俺はコス少女を下がらせる。


「はあっ? わ、わたしの獲物を横取りするつもりですか? そもそもあなたは戦えるんですか?」


 コス少女は何かプライドみたいなものが邪魔するのか、力が通用しなくて慌ててたくせに選手交代に抗議してきた。


「フッ、戦えるに決まっているさ。彼を誰だと思っている? 彼は馬飼学園で馬王の座を継承した最強の男だぞ?」


 なぜか風魔先輩が誇らしげな口調で喧伝しちゃう。


 あーあ、バラしやがったぁ……。


「なっ! あなたがあの馬飼学園の親玉!?」


 コス少女はくわっと目をひん剥いて警戒心マックスのオーラを出してきた。

 もう、めんどくさいよ。

 ここでゴチャゴチャされるのは時間がもったいなすぎる。


 俺は氷の槍を精製した。

 できれば最後まで秘密でいたかったし、覚えていないと思い込んでいたかった。

 ヤンキー狩り事件の責任の一端が俺にあると気付きたくなかったから……。


「これを見て何か思い出さないか?」


「そ、その氷の力は……! まさか、あああああ、あなた、が、ががが――」


 口をパクパクとさせて言葉にならない言葉を発するコスプレ魔法少女。


「そういうことだ。だから、言うことを聞いてくれるよな?」


「ハイッ! わたしはあれからあなた様のおわします山陰の方角に毎日欠かさず礼拝を行なっていました! まさかこうやって再びお目にかかり、ましてや共に戦える日がこようとは……。あなた様はずっとわたしを近くで見ていて下さったのですね……」


 涙を滲ませ感情を昂ぶらせているコス少女。

 いや、見てたわけないだろ。

 まあいいや。


 とりあえず、彼女は俺が四月頃に河原で出会い『傷や万病を治し、人間の能力を大幅に引き上げる幻の神水』を与えて病を治した少女で確定だ。まさか身体能力アップだけじゃなく魔法まで使えるようになっていたとは……。


 水よ、力、引き上げすぎだろ。


「…………?」


 風魔先輩は急に従順になったコス少女を見て怪訝な表情を浮かべていたが、突っ込んでいる場合ではないと判断したのか何も訊ねては来なかった。


「では、あちらの年配の男は私たちで引き受けるとしよう」


「そうですね」


 風魔先輩とコス少女が何気に意気投合したようなノリで頷き合う。

 え……? そういう感じで分担なの?

 あっちのおっさんは静観してるだけだから戦わなくて済むと目算してたんだけど。


「ふうん? 彼女たちは君と戦うんだってさ」


 キングは茶化すように初老の男に視線を送った。

 それを受けて初老の男はやれやれと首を振りながら溜息を深く吐いて前に出てきた。

 そして、


「儂の名はカンタロス。戦闘民族リヴァアス族において『デューク』の称号を拝命せし者。女子相手とはいえ、戦士として立ちはだかるのなら容赦はしない」


 右手を腰の辺りに添え、左手を肩くらいの高さまで上げて手の甲を正面に向けるそれっぽい構えを取りながらそう名乗った。


「いざ尋常に参るっ!」


 初老の男――カンタロスは強い語気で叫ぶと、先端が二股に分かれた角を頭部から生やし、カブトムシを彷彿とさせる怪人の姿になった。


 ところどころ銀色で縁取られた黒光りする装甲のような肌がなんか強そう。

 トゲトゲした肩のパーツとかエッジが効いててクールだぜ。

 風魔先輩とコス少女が二人がかりで襲いかかり、彼女たちの戦いは始まった。


 そういえば停電してほとんど星明かりしかないような暗さになってしまっているが、風魔先輩もコス少女もしっかり視界は確保できているっぽい。


 俺の周囲って目の力すごい人が多いねえ……。


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