第85話『地上侵攻』



「話を纏めると、さっきの熊は地上を侵略するための一派で、あんたらはそれを止める側の派閥って感じでいいのか?」


「概ねその理解でよい。蜃気楼がすでに地上に出ていたのは偵察という名の勇み足だな。ヤツが被害を出す前にそなたが始末してくれたのは非常に助かった。我々も蜃気楼が地上に出ていったことを確認して慌てて探していたのだが、あやつは熊人族の割には隠密が得意でなかなか見つけられなかったのだ」


 隠密が得意ねぇ。


 俺が直前まで接近に気付かなかったのはやっぱりそういうスキルがあったせいなのかな。


「なあなあ、勇み足ってことは本格的な侵攻も近いように聞こえるんだが気のせいか?」


 鳥谷先輩が意外と鋭い視点からグラスに訊ねた。

 この人、ちゃんと話を聞いてたんだ……。

 戦いに関することだから本能的に引っかかっただけかもしれないけど。


「うむ、紅鎧の傷が癒えたことで彼奴らは地上侵攻を明日の正午に決定した」


 はあ? 明日ぁ!?

 めっちゃすぐじゃん!

 理想的な睡眠時間を取って朝食を済ませたら即座に訪れるくらい目前である。


「かねてより思想が相容れず、水と油のような関係であったが、地下世界で長年共に過ごしてきた同胞だ。できることなら話し合って今後も同じ道を歩みたかったのだがな……」


 そう語るグラスの表情はどこか覚悟を決めたような雰囲気が感じられた。


「もしかして身内同士で戦うつもりなのか?」


「ああ、地上に本格的な戦を仕掛けるというのなら我々も見過ごすわけにはいかぬ。これはメリタの今後を左右することであるからな。少なくない犠牲は出るだろうが彼奴らを止めるためには致し方あるまい」


「ふーん……」


 俺は少々考え込む。


 あの赤いタテガミの熊が生きていたのは驚きだが、痛い目を見ても懲りずに悪さしようとしているのなら今度はもっとキツいお仕置きをしてやるべきではないだろうか?


 そう……二度と侵略しようと思わなくなるくらいに。


「その紅鎧っていうのか? そいつが地上にちょっかいかけようとしてんなら俺がとっちめてやってもいいぜ。俺の実家はこの近所だから完全には他人事じゃないし」


「そなたが……? おお!? そう言ってくれるのか!?」


「グラス様、これはなんという僥倖!」


 互いに手を取り合い歓喜するグラスとガッツ。


「そなたが助力をしてくれるのなら願ってもないこと。ただでさえ強敵だった紅鎧は死の淵を彷徨ったことで力を増してしまったからな」


 それって俺が中途半端にやっつけたせいだよな……。


 まあ、そこら辺の責任を取るという意味でも俺が出張るのは妥当な提案だろう。


「今回はよほどの重傷だったせいか、紅鎧は熊人族の歴史でも比類のない強化を遂げている……。そなたも前のようには隙を突けぬはずだ。しかし、紅鎧と相見える際は我々も助力するゆえ安心してほしい」


「はあ……」


 歴史でも比類のない……?

 そんな俺が苦戦しかねないほどあの熊はパワーアップしているのか?

 怪我から復帰しただけでそうなるのはあんまり想像しにくいけど……。


 俺の力をある程度見定められるグラスが言ってるんだし、心構えだけはしておこう。


 油断していて取り返しがつかないことになるのは勘弁だからな。


「地下がどうとか、いまいち話よくわからんが、わたしも手伝うぞ! しんじょーの地元を守るんだ!」


 フンフンと息を荒くして鳥谷先輩は拳を高く突き上げた。


 守るのは地元だけじゃなくて日本そのものだけどね。





 グラスたちと数時間後に落ち合う約束をしてから俺たちは家に帰ることにした。


「よーし! 一眠りしたらグラスたちと合流するぞ!」


 山道をテクテク歩きながらやる気を漲らせる鳥谷先輩。


「いえ、鳥谷先輩は家で待っていて下さい。俺一人で行きます」


「な、なぁ!? どうしてだ! わたしは手伝うってあいつらと約束したんだぞ。わたしを嘘つきにするつもりか!?」


 勢いを削がれるようなことを言われた彼女は、まあ想定していた通り憤慨した。


 だが、ここは多少不興を買ってでも譲るわけにはいかない。


「グラスたちには『鳥谷先輩は俺が置いてきた』と伝えます」


「おい! なんだそれは! 戦いにはついてこれないって言ってるのか?」


「…………」


 あの身のこなしのグラスたちが始末に負えない相手と戦いに行くのだ。


 しかも敵サイドにはボスの紅鎧というヤツを含め、常識を逸脱した巨体生物が四体もいるという。


 そこに不良としては強い部類というだけで特別な力を持たない鳥谷先輩を連れて行くのは死地に送り込む行為でしかない。


「恐らく今回は人知を越えた存在と戦うことになるでしょう。そうなると……やはりいろいろ危ないと思いますんで」


「ぐぅ……くう、わかったよ……お前がそう判断したなら……お前の足手まといにはなりたくないからな……」


 鳥谷先輩は不本意そうだったが渋々納得してくれた。

 よかったよかった――

 そう、ここまでは。

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