第三章

第118話『雪月風花』




 二学期が始まってから二週間ほどが経過した。


 二学期となり、俺は学校生活を須藤や須藤の友人たちと過ごすのが主になっていた。


 野球部所属の大仁田おおにた君。ゲーム部所属の幕野内まくのうち君。


 二人とも須藤から紹介された当初はぎこちなかったが、昼食の席を共にしたり街に遊びに行ったりしているうちに打ち解け始め、次第にギクシャクした雰囲気はなくなって普通に会話できる友人になりつつあった。


 丸出さんともクラスで話をするようになった。


 ただ、丸出さんの友人たちにはいまいち受け入れられたとは言いがたく、絶妙に警戒された態度を取られたままでいる。


 まあ、一学期の間やべーやつだと認識していた相手をそう簡単に信じられるわけがないのでこれは致し方ないよな。


 男同士とはまた違う難しさもあるし。


 そうそう、結城優紗も宣言通り二学期が始まってから数日間、江入さんを引きずってたびたび俺のクラスまで来てくれたよ。


 だが……。


 その結果、俺は未だ関わりの薄いクラスメートたちから恨み辛み嫉妬の三セットを孕んだ視線、そして女にだらしない野郎という評価をちょうだいするようになったので丁重に来訪をお断りする流れとなった。


 忘れていたが、結城優紗は入学して一ヶ月で同級生や上級生から告白されまくった学年一に名が上がるくらいの美少女なのだ。


 そんな評判のやつが頻繁に特定の男子のもとに来てたらそりゃ悪目立ちする。

 もう来ないでくれと頼んだら結城優紗は『なんでよー!』とブー垂れてたけど。

 だってしょうがないじゃん……。


 俺が馬王の立場を使って女生徒を無理やり呼びつけてるみたいに言われてたし。


 多分だけど、江入さんがドナドナされてる雰囲気を醸し出していたからそこで情報が悪魔合体してそういう話になったんだろうな……。


 なぜ結城優紗の善意はいつも俺にあまりよくない結果をもたらすのか。


 ただまあ、新学期の席替えで隣になった落陽子おちようこさんというクラスメートが『新庄君ってA組の結城さんと仲いいんだ~! ウケるんですけど~』と言って気軽に話しかけてくれるようになったのは唯一の功名だった。


 ちなみに落さんは髪をピンクブロンドに染め首元にチョーカーをつけた白ギャルである。




◇◇◇◇◇




「新庄、そういや知ってるか? 二年生にちょっと厄介なやつが復学してきたって話」


 昼休み。


 俺がコンビニで買った唐揚げ弁当を食していると、机をくっつけて一緒に昼食を食べていた須藤が藪から棒にそんなことを言ってきた。


 いつもは大仁田君や幕野内君も同席しているのだが、今日はたまたまそれぞれの部活のメンバーのもとに行っている。


「厄介なやつ? なんだそりゃ……?」


 俺はいまいち知りたくない気持ちで聞き返す。

 ぶっちゃけ、馬飼学園には現状ですら厄介なやつらばかりなのに。

 これ以上増えるとか勘弁すぎるんですけど……。


「どう表現したらいいのかわかんねーが、簡潔に言えば馬飼学園四天王の五人目って感じのやつかなぁ」


 須藤の意味不明な言葉に俺は唐揚げを摘まんでいた箸を止めてしまった。

 なんだそりゃ……。

 本日二回目のなんだそりゃである。


 五人衆なのに六人いる! みたいなそういうギャグか……?


 高度すぎて俺には理解できないよ……。


「まあ聞けよ。実は去年、鳥谷先輩が入学してから頭角を現わすまでの僅かな期間、馬飼学園の四天王は『花鳥風月』じゃなくて『雪月風花せつげつふうか』だったらしいんだ」


 須藤が神妙な表情でどっから仕入れたのか不明な馬飼学園ヤンキー史を語ってくる。


「雪月風花……初耳だ……」


 そもそも俺は花鳥風月すら入学式で初耳だった。


 都会におけるヤンキーのことは大体初耳なのである。


「確かにその四強時代はごくごく短期間だったみたいだし、周知される前に鳥谷先輩が台頭してあっという間に花鳥風月が定着しちまったから雪月風花の名称は近隣の不良でも知らないやつのほうが多いみたいだけどな。オレも入学するまで把握してなかったし」


 俺は入学してからも知らなかったよ。

 俺のアンテナってもしかして相当低い?

 でも、一学期はほとんど同級生との交流がなかったから仕方ないよね。


 将棋ボクシング文芸部の面子とはヤンキー界隈の話なんてしないし、鳥谷先輩の派閥の人たちともそんな過去の四天王の話とかする感じでもなかったし。


 むしろ須藤が情報通すぎるんじゃないかと思うのだが。


「戻ってきたのはかつて『雪月風花』の『雪』の文字を担っていた男――鳥谷先輩に負けて四天王の座を追いやられた『元』四天王、雪之城ゆきのじょうってやつだ」


 須藤がいちご牛乳のストローをちゅーっと吸って仰々しく言う。

 なるほど、元四天王か……。

 それで四天王の五人目だと……。


「雪之城はもともと月光や花園たちと同じ学年だったんだが、去年の二学期の初めに勢力を拡大して名を上げてきた鳥谷先輩にタイマンをしかけて返り討ちされて、それ以降休学してたらしいんだ」


 それが今学期になって一年ぶりに二年生として戻ってきたのか。


「ふーん、確かに元四天王ってのは大した肩書きだけど、そんな懸念する要素あるか? 負けてから学校に来てなかったなら求心力も落ちてるだろうし。当時の仲間とも学年が違っちゃってるし。今さら厄介なことを起こせるような人物でもなさそうだが」


 むしろここは勇気を出して学校に戻ってきた少年の再スタートを温かく見守ってやるべきではなかろうか?


「それがそうでもないんだって。雪之城は鳥谷先輩に負けた一年前とは比べものにならないくらいの力を身につけてカムバックしてきたらしいんだよ。見ていたやつの話だと10人くらいをまとめて叩きのめしたとか、ブロック塀を殴りつけて砕いたとか週刊少年ジャンプを素手で引きちぎったとか、とにかく悪魔的な強さになってるみたいなんだ」


 日常生活を普通に送っていたらブロック塀を殴ったりジャンプを破ったりする機会なんて滅多にないと思うのだけど。


 なんでそんなことしてんだそいつは……。


 暴力的な衝動を抑えきれないならどっかに通院すべきじゃない?


「でも、強くなって戻ってきたくらい別に――」


「雪之城はその強くなった力を誇示して舎弟に戻ることを拒否したやつらを再び屈服させて派閥を作り直したんだよ。ただ復学しただけならそんなことする必要ないだろ? 下手したら学園のトップを狙ってるかもしれねえ」


 須藤は熱い口調で俺に語りかけてくる。


 雪之城とやらが学校に来ていなかった間、彼のかつての舎弟の何割かは花園一派や鳥谷先輩の一派に鞍替えしたり、風魔先輩に調きょ……もとい改心させられて風紀委員に接収されたそうだ。


 今回、復学した雪之城の舎弟に戻ったのは花園・鳥谷両一派にも風紀委員にも入らず無派閥のまま燻っていた連中たちだという。


「まあ、三年生の元舎弟の一部を配下に戻しただけなら大した脅威にはならないんだけどよ。ほら、二年生は鳥谷先輩以外に主立った勢力はなくてほぼ一強だろ?」


 そういえば二年生には四天王に匹敵するビッグネームの話を聞かない。


 俺がヤンキー界隈の情報に疎いだけかと思ってたが違ったのか。


「鳥谷先輩って見た目は人形みたいな金髪碧眼少女だし、あの人が学年の顔になってる状況を面白く思ってない輩も一定数いるわけよ」

 

 そんなことが……とも思ったが。


 まあ、わからなくもない話ではある。


 前世でも女の幹部に対して変に強気に出るというか、微妙に舐めたような態度を取る配下はそこそこいた。


「そんなわけだから雪之城に乗っかるやつも割といてさ。三年生にいるかつての舎弟の残党だけじゃなく、鳥谷先輩の派閥に与していない二年生の不良も参加して新しい巨大一派が生まれつつあるわけ。な、そう聞くとやべーだろ?」


 俺が新学期になってクラスの知り合いが増えたとキャッキャしていた同じ敷地でそんな新興勢力爆誕劇が起きていたなんて……。全然気がつかなかった。


 この風邪の引きそうな温度差。

 なんか出美留高校との一件を思い出す。

 だが、まあ……。


 仲良しヤンキーグループくらい勝手に作っていてどうぞって感じだ。

 俺はそんな縄張り意識のある王じゃないからな。

 派閥を作るのにいちいちお伺いを立てろという気はない。


 いや、鳥谷先輩が同学年に生まれた新勢力に困ってそうなら俺も出張ることをワンチャン考えるが……。


 危なそうだから先んじて潰しておこう! みたいなことはちょっとね。


 それ、青春じゃないから。


「須藤、なんで俺にその話をしたんだ?」


「は? だってせっかくお前が天下を取って平穏な支配におさまってるのに、余計な抗争が起きて台無しになったら嫌じゃん?」


「…………」


 だから高校で天下とか支配とか謎な概念勘弁してよぉ……。


「知らないままで後手に回るより、知った上でどうするか判断して欲しかったんだ。あんまり押しつけるようなことはしたくないが、この学園のトップはお前だからな」


 須藤はなんとなく諭すように言ってきた。


 やれやれまったく。


 文化祭準備を控えた時期にそういう殺伐とした世界観を持ち込んでくるのはやめてほしいなぁ……マジで。


「あと、雪之城は一年生のやつらにも声をかけまくってるみたいでよぉ」


 須藤が今までで一番困り果てたような声のトーンで言う。


「一年生? おいおい、俺たちの学年には不良みたいなやつらは全然いないじゃないか」


 ちょっと髪を染めてチャラチャラしてる雰囲気のやつらはいるけどさ。

 花園一派とか鳥谷先輩の派閥にいるような世紀末ヤンキーは見たことないぜ。

 まったく何を言っているんだ須藤のやつはHAHAHA。


「いや、お前それはな――」


 須藤が何かを言いかけたところで彼のスマホが鳴る。

 そして『すまん、ちょっと電話してくる』と断りを入れて須藤は教室を出て行ってしまった。

 それからすぐ俺は唐揚げ弁当を完食したので一人手持ち無沙汰となる。


 ふむーん。


 小便でもしに行くかぁ。

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