第95話『聖剣はこうやって使うのよ!』
「いててて……」
いや、本当は痛くはないけど。
思わず言っちゃうそんな呟き。
巨大熊の裏拳でホールの壁に叩きつけられた俺は髪と服についた砂利を払い落とす。
まさかこの俺が吹っ飛ばされるとはねぇ。
思った以上に紅鎧が素早くて力があったから頭の回転が追いつかなかった。
冷静になれば対応できないスピードではなかったと思うんだけど。
あんなでっかいのがあんなスピードで動くもんだからびっくりしちゃった。
感覚としては小さな子供がいきなり走り出したときに対応が遅れるのと似てる。
忍者たちは紅鎧の地上脱出を阻もうとしたようだが、俺がうっかり弾かれるスーパーパワーの持ち主を止められるはずもなく。
同じように撥ね飛ばされて洞窟の壁に叩きつけられてしまっていた。
はぁ、くっそー。
油断して逃がしてしまうとは我ながら情けない。
仕方ない、四天王の残党の意識を奪って紅鎧を追いかけるか。
地上に出て一般人と出くわしたら大変だもんな。
そう思っていたら、
「もう! あんたは聖剣の使い方がなってない! 聖剣はこうやって使うのよ!」
吹っ飛ばされた衝撃で俺が取り落としていた聖剣を結城優紗が地面から拾い上げていた。
あぁ……。
いくら元々の持ち主とはいえ、こいつに刃物を持たせたくなかったんだよなぁ。
結城優紗って凶器を持つには自制心が足りない人間だと思うんだよね。
「久しぶりに行くわよ、トランセンドキャリバー!」
彼女が握ると聖剣が目映く輝いた。
俺が持って輝かせたときはとにかく眩しいだけだったが、結城優紗の手の中にあるそれは洗練された温かみのある輝き方だった。
「おお、優紗すごいぞ! そんなこともできたのか!」
鳥谷先輩は目をキラキラさせて結城優紗の戦いを見入っている。
「はああああっ!」
結城優紗が掛け声と同時に四天王熊の片方に斬りかかった。
『小娘が! この紅鎧様直属の四天王が一人、気嵐が屠ってくれる!』
大きく振りかぶる巨大熊に対し、結城優紗は以前校舎裏で俺にやったような高速移動を使って一気に距離を詰めた。
『ぬっ!? 早い……だとぉ!?』
あっという間に懐に入り込まれた四天王熊の気嵐とやらはたじろぐ。
というか、一般兵が戦闘不能になって紅鎧も一人で行っちゃって二人だけなのになんでまだ戦おうとしてるんだ彼らは……。
よっぽど自分たちの力に自信があるのか?
グラスたちの軍の総勢は紅鎧軍の倍以上の2500名ほど。入口側に今いるのが約半数とはいえ、それでも二人で対処できるような数の差ではないはずだ。四天王はグラスたちが数人がかりなら倒せるくらいの実力って聞いてるし。
「他愛もないわね」
距離を詰めた結城優紗は静かなトーンでそう呟くと、気嵐の横を流れるようにして擦り抜けていった。
『ふははっ! 驚かせおって。素早いだけか! ただ我を翻弄するだけでは勝てぬぞ!』
ただ素通りされただけだと思った気嵐は見下したような笑い声を上げ、結城優紗のほうを振り向こうとした。
『なっ……これは……!』
すると、気嵐の上半身がズルルルッと滑り落ちて下半身と真っ二つになった。
『あり……えん……いつの間に……』
恐らく、あまりの斬れ味の良さに斬られたほうは何をされたのか気付くことすらできなかったのだろう。
速度が目で追えていた俺からしても、斬ったのではなく剣が通り抜けただけかと錯覚させるような滑らかな刃の通りだった。
対象に斬られたという実感も与えぬまま、抵抗などなく剣が振るった方向に素通りしていく斬れ味は驚愕の一言に尽きる。
「ねえ、その剣ってそんな切れ味よかったの? 俺が使ったときとは別物じゃね……?」
俺のときは『ぶった斬る!』という無骨な斬れ方だったのに、結城優紗が聖剣を振るうと『滑っていく』という表現が適切なスマートな斬れ方だった。
「当たり前でしょ? これはあたしの魔力の波形を感じ取って真の力を発揮する、あたし専用の武器なんだから」
そうなのか……。
あの剣は結城優紗が使わないと聖剣たり得なかったらしい。
てか、思うのだが、結城優紗もあの剣がないと勇者としての真価を十全に出せないのでは?
見た感じ、身体能力を上げる魔法も以前より段違いで効いている。
剣なしの状態がおままごとだったと言えるレベルで動きが違う。
「聖剣に魔力を通して身体強化のブーストかけたあたしを止められるのは魔王くらいのものよ! さあさあ、四天王だかなんだか知らないけどそっちのもかかってきなさい!」
『地上民ごときの小娘がぁ! この爪でその身を粉砕してくれるわ! 四天王最強の極夜が貴様らを皆殺しにしてやろう!』
残った四天王の……極夜っていうのを挑発する結城優紗。
ここはあいつに任せておいてよさそうだな。
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