第110話『ボクと対等以上に渡り合えた戦士だからね』




 というわけで。



 ドガッ。

 バキッ。



 俺たちは交互に殴り合ってパンチのラリーを重ねていくことになった。


 別に順番って約束をしたわけじゃないけど、なんとなくそういう空気になってプロレスみたいに避けない暗黙のルールが成立していた。


「ハハハッ! ボクに殴られて平然としている相手なんて初めてだし、アルティメットガード越しにここまで振動が伝わってくるのも初めてだよ!」


「そりゃよかったね」


 やつが変身しても結局俺に実質的なダメージを与えることはなかった。


 だが、俺は生身を殴られているのにキングは盾で防いでいるというのが不公平に感じる。


「ねえ、君はこれだけの力を持っていて空しく思ったことはないの? 対等な相手に恵まれないのって悲しくない?」


 ボコッ。


 俺を殴りながらキングが訊ねてくる。


「ないねっ。今の世の中には楽しいことがたくさんあるからな。基本的に腕っ節の強い弱いが重視される世界観でもないし……そういう類いの空しさは覚えたりしないぜ」


 バキッ。


 俺もキングを殴りながら答えた。


 ひょっとしたら、前世の俺はそういう空しい気持ちを抱えていたかもしれない。

 だからこうやって大半の記憶を持ち越す形で転生した可能性がある。

 けど、新庄怜央として答えるなら答えは一つだった。


「そうだね……。この時代はいいよね。娯楽がたくさんある。ボクもいろんな楽しみを見つけられるかもしれないな。『災厄』に封印されたのも悪いことばかりじゃなかった」


 …………?

 災厄に封印とは?

 災厄っていうのは多分、数万年前の地上を住めなくしたやつのことだよな?


 てっきり気候変動とかそういうのだと思っていたんだが……。


 ヤツのこの口ぶりだと違うのか?


「おや?」


 もはや惰性で振りかぶってキングの腹部に一発入れようとしたところ、これまで見えない盾によって貫通しなかった地点を拳が通過した。


 どうなってんだ? 阻まれる感触がなかったぞ?


 障害物があったはずの位置を素通りし、キングの肉体に俺の拳が届こうかとしたとき、キングは鋭い回旋で身を捩って直撃を避けた。


 おお、こんな素早い反応もできるんだコイツ。


「ぐふっ……がっ……」


 直接当たることは回避したが、キングは吐血した。

 拳圧とでもいうのだろうか?

 そういうのに当てられて内蔵系にダメージがいったんだと思う。


 俺のパンチすごいわ。


「なんでお得意の盾をなんで使わなかったの?」


「ハハハ……使わなかったんじゃない、使えなかったんだ。まさかアルティメットガードの使用に耐久制限があったなんてね。そんなの初めて知ったよ……。かつての時代では僕とここまで殴り合って生きていられるやつはいなかったからねえ……」


 古代ではアルティメットガードを纏った硬さで殴れば大抵の敵は瞬殺できていたそうだ。


 加えて炎と雷を操る力もあったから無双状態だったらしい。


「ククク……あの『災厄』ですら僕を殺すことはできず、封印するしかなかったというのに君は……大したものだよ」


「なら、俺の勝ちってことでいいのか? それともまだやるか?」


「降参だよ。アルティメットガードが破られて、ボクは歩くことが精一杯なほどの重傷を負ってしまったからね」


 両手を万歳のように挙げてキングは敗北の意思を伝えてきた。


 変身も解けて、クワガタ怪人から白い服の優男の姿に戻る。


「どうだい? 戦勝の証として、ボクに代わってリヴァアス族のキングを受け継がないかい? 現代に蘇った数百人の戦闘民族が君の支配下になるよ?」


 キングは冗談なのか本気なのかわからない提案をしてきた。

 いや、待ってくれ……。

 怪人に変身する野郎が数百人も現代に紛れてんのかよ。


 さらっと恐ろしい事実を言ってくれるなぁ!?


「悪いけど俺はすでに別のところで王になってんでね。お前んとこの王は引き受けかねる」


 絶対に引き受けたくなかった俺は馬王をダシにして断る。


「そうか、残念だ。じゃあ、せめてボクのことはキングではなく『トール』と呼んで欲しい。君は久しくいなかった、ボクと対等以上に渡り合えた戦士だからね」


 キング……いや、トールはこれまでの胡散臭い笑顔ではなく、人懐っこそうな笑みを俺に向けてきた。


 なんか、微妙に厄介なのに気に入られた気がするな……。


「キングよ、満足したか? ならばもう帰るぞ」


 声のした方向を見れば、風魔先輩の刀とコス少女の棒を掴んであしらっている黒光りカブト怪人の姿があった。


 風魔先輩とコス少女は全身をプルプルさせながら一生懸命掴まれた武器を動かそうとしているが、カブト怪人のおっさんは歯牙にも掛けず涼しい顔でホールドしていた。


「おのれ! 尋常に勝負ではなかったのかぁ!」


 風魔先輩はまともに相手をされていないことに憤って叫んでいた。


 普通の怪人には圧勝だったけど公爵デュークの称号持ちには及ばなかったようだ。


「逃げるつもりですか!? そんなのは許しませんよ!」


 コス少女は去る者は追わずの主義ではないらしく、強情にも引き留めて戦闘を継続させようとしていた。


 この身の丈に応じた引き際を知らない感じ、どこぞの赤茶髪の勇者を思い出させる……。


 俺がどうやって穏便に彼女を納得させようか考えていると、



「ちょっと、君たち何してんの!」



 懐中電灯を持った警察官の登場でコス少女の態度は一転した。



「ま、まずいです! 警察沙汰はスキャンダルになっちゃう!」



 よくわからんが、コス少女はヤンキー狩りという傷害事件を散々起こしておきながら警察が怖いらしい。

 うーん、喧嘩してたから近所の住民に通報されちゃったのかなぁ。

 警察沙汰は俺も困る。


「トール、お前たちは平和的にここから逃げる手段はあるか?」


 俺は相変わらずうずくまっているトールに訊ねる。


「ああ、大丈夫さ。どうにかなるよ」


 本当に大丈夫なのかは知らんが、まあ信じておこう。


「じゃあ、俺たちは俺たちで帰るから。ここでお別れだ」


「そっか……。最後に君の名前を教えてくれるかな?」


「そういや名乗ってなかったっけ。俺は怜央だ」


「うん、レオか……覚えたよ。レオ、またね」


 小さく手を振るキング。

 戦闘民族にも手を振って別れる文化があるんだ……って俺は思った。

 些細なことですけど。


「ちょっと失礼しますよ」


「なんだ新庄君?」


「山の神? どうされたのです?」


 俺は風魔先輩とコス少女を伴って転移の魔法を使った。



『うわっ、消えたぞ!』とか言ってる警官たちの声がしたが気にしないでおこう。



 俺の身元はバレてないので不審に思われたところで多分問題ないはずだ。


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