第97話『屹立する覇王の姿』




『は、はぁ!? 脆弱な血筋でメリタに選ばれなかったクズの子孫が……オレ様の一撃を防ぐなんざ、そんなことあっちゃならねえのに!』



 紅鎧は結界によって通らない自分の爪を信じがたい様子で見ている。

 うーん、あってはならないと言われても。

 止められるんだから仕方がない。


『グッ……』


 紅鎧は力で押し切れないと悟るやいなや、飛び退いて俺から距離を取る。


 そして、


『ふっざけんじゃねええええ!』


 思い通りにならない苛立ちから地団駄を踏み出した。

 70メートルの巨体がドスンドスンとやると当たり前だが地響きが起きる。

 なんと迷惑な……。


 やめろ! 近所迷惑だ! 他の人にバレるだろう!


『ありえねえ……このオレ様が……こんな矮小な野郎に恐れをなすなんて……』


 よく見ると、紅鎧は全身をガクガクブルブルと震えさせていた。

 武者震いの類いではないな。

 あれは単に怯えでブルってるだけだ。

 


「恐怖ってのは生き物にとって大事な根源的感情だよ。だからそんな落ち込むなって。ほら、いい勉強になったと思って降参したらどうだ?」



 俺が最後通牒のように窘めてやるが、



『うるせえええええええっ! ありえねえ! ありえねえ! ありえねえんだぁああああああああああ!』



 自分の器を認められない紅鎧は俺の提案を拒絶した。

 憤怒の咆哮をあげ、若干ビリッとくる力の波動がやつの身体から溢れ出る。

 そして信じられないことが起こった。



「ちょ、嘘だろ……」


「しんじょー、すごいぞあいつ……」



 ぐんぐんぐーん!

 拡大ズームさながら。

 やつの身体はさらにデカくなっていった!


 縦横の大きさがどんどん変わっていく。


 その体長は二倍以上、三倍近くとなり――



「う、うわぁ……」



 至近距離で見上げると首が痛くなるサイズ。



『ウオオオオオオ! 見たか! 貴様が与えた屈辱がオレ様にさらなる力を与えたのだ!』



 二本足で立ち上がったその高さは都会で見たタワマンを遥かに超える。

 紅鎧は200メートルくらいのさらなる巨体に成長してしまった!

 200メートルの熊とか多分北海道でしか目撃情報がないやつだよ……。


 ちなみに後で聞いた話だと、このサイズは地下都市発足よりもさらに前、キョクロン国でも神話扱いされていた伝承に出てくる原初の熊人族とかいうのと同等のそれだったらしい。


 どうにも紅鎧は眉唾な伝説上の領域にまでその力を到達させていたっぽい。

 まあそんなこと、この時の俺は知るよしもなかったんだが……。

 とはいえ、少なくともこれはやばいということだけは認識していた。


 だって、こんくらいデカいと遠くにいる人からも余裕で見えちゃうもん。

 明日の新聞に載っちゃうぜ?

 誤植とか言われてネットで話題にされちゃうぜ。


 ふざけんなよ。勘弁しろって。

 せめて四本足の低姿勢でいろよ……!

 もしくは這いつくばれ。バレにくいように!



「しんじょー……こんなおっきいの……大丈夫か?」



 鳥谷先輩の声が不安げに掠れていた。


 俺が強いといっても、特撮の大怪獣すら凌ぐ巨体が相手では勝ち目が薄いと思っているのだろう。


 俺は鳥谷先輩を背中からゆっくり降ろす。


 この心配そうに俺を見つめる金髪碧眼美少女を安心させてあげなくては。

 俺がデカいだけのやつなんかには負けない存在だと。

 体格差程度では揺るがない力を持つ男だと。


 そういう評価を彼女から得てみせようじゃないか。


「フフフッ……」


「しんじょー……?」


 俺は紅鎧を見上げて思わず笑みをこぼした。

 最初はなんて厄介なと思ったが……。

 むしろ巨大化してくれたのはありがたかったかもしれない。


 鳥谷先輩に俺の力の底を見せる絶好の相手になってくれた。


 少なくとも見かけだけは激烈に強そうだからな。


「よう、熊ッコロ。お前は運がいいぜ。なにせ、俺が前世の記憶を取り戻してから人間相手にはできなかった全力で相手をしてやるんだからな」


『前世だぁ? どういう意味だ……?』


「わかんなかったのか? いやまあ、そりゃ当然か……。まあ、要するにだな? 俺の……本気のマジを見せてやるってことだよ」


 俺は久方ぶりにデバフの腕輪を外し、七割減からフルパワーが出せる状態に戻った。



「いくぜ……」



 スッと上体を捻って力を蓄える。


 足を踏ん張り、拳を握りしめて相手に繰り出す予備動作を行なう。



『ほざくな! その小さな肉体がいくら全力を出そうとも、今のオレ様に傷を負わせることなどできるはずがない! 大きさこそが強さであり力! この屹立する覇王の姿を見れば猿でもわかるだろうがッ!』 



 紅鎧は両手を高々と上げて俺の拳を受け止める構えを見せた。


 確かにお前はデケェよ。

 お前のせいで一帯に大きな日陰が発生してるもんな。

 だが――


 パ王だかラ王だか知らねえがよ。


 その余裕が命取りだぜ!



「わっちゃあああああああああ――――っ!」


 腕輪を外し、久々にフルパワー解放された俺の一発を食らいやがれ!



『ふあぁっ……ふ――――』



 パァンっと弾けたような音がした。

 そして――

 紅鎧の肉体は欠片がどこにいったのかすら把握できないレベルで細かく霧散した。


 水分すら蒸発して消えた模様。


「おお、マジでか……」


 地下都市を騒乱に陥れた巨魁は断末魔すら叫びきれず塵のように消滅したのである。

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