第112話『宮廷岬』
「なあ、ところでさっきからその山の神とかいうのはなんだ? なぜ新庄君がそのように呼ばれているのだ?」
風魔先輩が戦闘時は控えていてくれた疑問をついに訊ねてきてしまった!
「このお方――山の神はわたしの命の恩人なのです!」
「その……いろいろあって地元の山で彼女を助けたことがあるんですよ。それで山の神のようだと彼女は思っているわけです」
「え? 山の神のようではなく山の神様ですよね?」
ともすれば、俺に山の神であることを否定させまいとするような言い方である。
ニッコリ笑った顔に圧が感じられた。
やだ、この子、なんか怖いよぉ。
「ああ……なるほど」
風魔先輩は何かを察したのか、それ以上仔細を訊ねてこなかった。
俺もなんか強く否定しちゃ行けない気がしたので黙っておくことにする。
「しかし最初は新庄君を狙っていたようだったが?」
おっと、風魔先輩も結構突っ込んで質問してきますね。
ジェンガで崩れそうなところ以外を抜くような塩梅で攻めてくる。
「はい……その件につきましては申し開きのしようがありません。下界での神の姿が馬飼学園のボスだとは露知らず……。初めてお会いしたときは暗闇で視界を確保する力もなかったゆえ、ご尊顔を把握しておらず神を目の前にしても気付くことができせんでした」
まあ、田舎の夜って街灯ないから慣れてないと何も見えないもんな。
「あらためて言われてみればとんだ失態。もしこの場で命を差し出せと言われれば喜んで首を吊りましょう」
コス少女は贖罪の形のひとつとして物騒な提案をしてきた。
いや、吊らないでくれ。
ホントマジでそういうのはやめて?
「ちゃんと生きてくれるほうが俺は嬉しいかな……」
俺が生命の存続を望むと、彼女はパアアッと表情を輝かせる。
「はい……わたしは生きます。精一杯、生きて生き抜こうと思います!」
「あ、うん」
何かまた別の曲解を与えてしまったかもしれないが――
生きろって言われて誰かに危害を加える解釈はさすがにしないだろうから放って置こう。
ちなみに風魔先輩は首吊りだのと言い出したコス少女にドン引きしているようだった。
「ねえ、その格好はなんなの? 魔法少女みたいな……マスクとかも」
何となく質問コーナーかなと思ったので、俺は気になっていたヒラヒラのコスチュームについて言及した。
このくらいなら世間話として振ってもいいだろう。
さっきみたいに虎の尾を踏むような感じにはならないはず。
「あ、失礼しました。そうですよね、素顔を見せないのは無礼でした。今すぐ外します」
コス少女はいそいそとマスクを外し始めた。
そういうことじゃないんだが。
ま、顔の見えない相手と会話を続けるのも変な気分だしな。
外すならそれはそれで構わない。
「むっ」
「ほえー」
目元のマスクを取り払って出てきた素顔はひょっとしたら結城優紗にも勝るのではと思えるような美少女だった。
風魔先輩も俺も思わず唸る声を上げてしまうくらい。
くっきりとした目鼻立ちにびっくりするくらいの小顔。
キメ細やかな肌――
ああそうか。
化粧やスキンケアなど、細かな美容は彼女のほうが気を配っているんだ。
結城優紗も身だしなみがおざなりなわけではないが、コス少女は素材にプラスしてハイクオリティな自分磨きを重ねているように思えた。
「君は……どこかで見たことがあるような気がするぞ?」
風魔先輩がコス少女の素顔をしげしげと見つめて言う。
「ええ、わたしは芸能活動をしてますからね。
「ほう、そういえば以前にニュースがやっていたな。引退だの休養だのと」
風魔先輩は合点がいったふうに頷く。
彼女の姿に見覚えはまったくないが、アイドルグループのセンターが復帰だなんだというニュースは俺も停学期間中のワイドショーで見た覚えがある。
そうか、あれは彼女だったのか。
「一時は病にかかり引退もやむなし、道を絶たれたかと思いました。ですが、このお方……山の神のおかげでわたしは再びあの夢の舞台に舞い戻ることが出来たのです!」
コス少女こと、宮廷岬は『こちらです!』と商品を紹介する人みたいに両手をババンと俺に向けて力説した。
「ふむ。確かに新庄君なら何をやってもおかしくないか……」
あっ、風魔先輩の俺の品評は今そんな感じなんですね。
なら今後は風魔先輩の前でもいろいろ自重せずやってよさそう。
「この方はわたしの夢を守ってくれた恩人です。だからこそ、なんとしてでも与えられた使命を果たしたかったのですが……。直々に力不足を指摘された以上、正義のヒロイン、キューティーサキは当分休業ですね……」
悲しげに俯いてそう零す宮廷岬。
まあ、与えてないけどね、使命。
てか、宮廷岬でキューティーサキって安直すぎじゃね?
特定されたらどうするつもりだったんだろう……?
マスクくらいでしか顔を隠してないんだし。
熱心なファンなら声とかタッパでバレちゃってたんじゃない?
あと休業じゃなくて完全閉店してほしいんですけど。
「あっ! そうだ、ぜひ今度ライブに来て下さい! チケットはいくらでもお渡しいたしますので! あなた様が守って下さったわたしの夢を見て欲しいです! 使命を果たせぬ代わりにこれくらいはさせて下さい!」
「は、はあ……」
熱心に詰め寄られ俺は断る選択肢を選ぶことができなかった。
ついでに押し負けて連絡先まで交換してしまった。そういえば風魔先輩にもこうやって連絡先の交換を迫られたっけ……。宮廷岬は結城優紗の往生際悪さと風魔先輩の押しの強さが合わさったハイブリッドか?
強すぎるッピ!
「ふう、やれやれ、ただいまぁ」
風魔先輩や宮廷岬と解散し、帰宅した俺はベッドの上に勢いよくダイブした。
どっと込み上げてきた精神的疲労から深い溜息を吐くと、押し入れの扉が開いて江入さんが出てきた。
「おかえり。どこに行っていた?」
「ああ、コンビニにラーメン買いに行ってたんだよ」
ちょっと買ってすぐ帰ってくるつもりだったのにさ。
まったくえらいことに巻き込まれたもんだぜ……。
「ラーメン……? それはどこに?」
「えっ?」
江入さんの訝しげな表情による指摘で俺は両手を眺める。
そこには何も握られていない。
おい、いつから俺は手ぶらだった?
ああ――
ラーメン、路地に忘れてきた……。
その後、警察がいなくなった頃合いを見計らって俺は再び路地まで取りに戻ったが、ラーメンの入った袋は見つからなかった。
悲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます