第36話 宿とピンクと温泉と


 旅人ギルドは石造りで出来た二階建ての横にも大きな建物だった。


「じゃあちょっと奥の部屋へ行ってくるからシュウはここで待っててね」


 奥の部屋へ案内される師匠を見送り改めて見渡すと様々な人種や服装の人々がカウンターで喋ったりテーブルで話をしたりしていたので僕はただそれをぼーっと眺めていた。


 肌の黒い人や白い人、髪の色も金や銀から茶色に赤と魔族は人によって角に差があり小さい角ならほぼ人間とは区別はつかないらしいけど本当にこう見ててもわからない。


 そのとき一人の魔族と目が合い、なぜか手を振ってこちらへ寄ってきた。


「こんにちは、君珍しい髪の色をしてるね」


「こんにちは、黒ってそんなに珍しいかな?」


 声を掛けて来たのはピンクのショートヘアにクリッとした大きな緑の目をした可愛らしい女の子だった。


「そうだね、僕は初めて見たよ」まさかの僕っ子だった。


「自分の故郷ではみんなこの色だったよ。逆に生まれつきピンクの髪は居なかったけどね」


 自分の髪の毛をクリクリと指で絡めながら僕の髪や目を覗き込んでくる。かわいい子が近いと緊張してしまう。


「そうなんだ、君の故郷はどこにあるの?黒い髪と黒い目の人がいっぱいいる所とか見てみたいな」


 まるで体の中まで見えているような不思議な緑の瞳がまぁまぁ近くで僕の目を見つめて来る。まつ毛もピンクで長くて綺麗だった。


「あー、僕の故郷はもう帰れないくらい遠い所なんだ」


「あ、ごめんなさい、なんか辛い話を聞いちゃったかな」


 僕を見つめたまま右手に手を置いて謝って来るので距離が近いしなんか良い匂いがする。


「何か楽しそうにしてるわね、先に帰っていて良いかしら?」


 急に声が掛かってビクリとして横を見ると師匠が帰ってきていた。


「お連れさんが帰って来たみたいだね。君とは又どこかで会える気がするから宜しくね」


 僕に手を振ってピンクの頭がどこかのカウンターへと小走りで去って聞くのを見つめていると師匠が口を開いた。


「ついて行かなくて良いの?」


 少し棘の有る口調で師匠が喋るので僕は焦って否定した。


「ついて行くわけないじゃないか、向こうが急に話しかけて来たんだよ黒い髪が珍しいって」


「へー、それであんなに鼻の下伸ばしてお喋りしてたわけ、彼女が何処に住んでるか聞かなくてよかったの?」


「そんなの聞くわけ無いじゃないか、なんで怒ってるの?」


「べ、別に怒ってない、もう行くわよ!」


 師匠がズンズンと速足で出て行ったので僕も急いで追いかけた。



 あれから師匠はギルドで何か有ったのか機嫌が悪い、どこか散歩して機嫌を直してもらおう。


「ねぇ師匠、あそこに市場が有るみたいだから寄ってみない?」


「そうね、今日の予定は終わったし行きたいなら別にいいわよ」


 何処か師匠の口調に冷たい空気を感じながら僕たちは市場へと向かった。



 そこは一定の金額を払えば誰でも露店を出す事が出来る青空市場なのでかなり雑多な雰囲気で逆にそれが楽しかった。


「師匠!あの串焼き美味しそうだよ!」


「あれは砂食い鳥ね、砂漠に住む砂の中を泳ぐ鳥よ」


「あのフルーツすごいデカイよ!美味しそう!」


「あれは砂瓜ね砂漠に雨が降った時に一晩で結実するの、その後は砂の中でゆっくりと甘くなるわ。周りの色が真っ黒になってるやつが食べ頃よ」


 僕が反応した物に全部説明してくれるのでとてもわかりやすい、そして機嫌も治って来た。


「シュウの服も買えたし、せっかくだから何か食べてみましょうか」


 そう言って師匠が選んだのは。


「あーこれは、エネマの実だね」


「あら、知ってた?甘くて濃厚で美味しい実よ。この辺では取れないから珍しいし」


 まさかのエネマの実か、不味くはないんだけど相変わらずどこかに青臭い風味が漂っている気がして苦手だ。


「いただきます」


 食べながら辛い記憶が蘇ったが師匠に買ってもらったし頑張って完食した。


「日も落ちてきたし、そろそろ宿に戻りましょうか」


 気付くと空がオレンジ色に染まっていたので宿に帰ることにした。帰り道には師匠も機嫌が良くなっていたので良かった。市場によって正解だったみたいだ。



 宿に戻りカウンターで預けていた部屋の鍵を受けとるとカウンター係が爽やかな笑顔で話しかけて来た。


「おかえりなさいませ本日のお風呂のご用意が出来ております。もし宜しければ当店自慢の大浴場を是非ご利用下さい」


「大浴場!」


 思わず食い付いてしまったがまさかこんな砂漠のど真ん中でお風呂に入る事が出来るとは。


「シュウはそんなにお風呂が好きなの?じゃあ部屋に戻ってご飯の前に入りましょうか」


「はーい!」


 僕達は部屋に戻り荷物を置いてお風呂へと向かった。




「これは、最高だ!」


 そこは絶景だった、空には穴の空いた月と細かい星々が浮かび温泉が切れた先は壁がなく、まるで温泉が街へ流れ出てるかの様な作りだった。


「露天風呂とか予想外だった!」


 この宿は外から見たら三階立てだと思ってたのに屋上に行くからドラム缶風呂みたいな物でも設置してあるのかと思ったらまさかの露天風呂だった。


「あとは混浴だったら最高だったけどね」


 誰も居ないので一人で呟いて居るとドアが開いて誰かが入ってくる音が聞こえた。


「あれ、珍しい場所で会うね」


 外の景色を堪能して居ると急に後ろから声をかけられて振り向くとそこにはギルドであったピンクの髪をした女の子が入っていた。


「え?!ココ男湯ダヨネ?」


 焦って言葉がおかしくなって居ると、コロコロと笑いながらピンク頭がお湯の中の少し高くなって居る場所に座り直したせいでおへそから上がお湯から出た。


「うわぁぁ」


 焦って目を逸らそうとしたがよく見るとバスタオルを胸まで巻いていた。そして胸元はぺったんこだった。


「あれ、え?お、男の子?!」


「あれ?僕の事女の子だと思ってたの?」


 わざとらしい顔でこちらを見てくるがきっと確信犯だ。自分が女の子に見えるのを知ってやっているタイプだ。


 でも男だと思っても全くそう見えない。胸のぺったんこの女の子にしか見えない。もしかしたらワンチャンあるんでは無いかと思ってしまうとお風呂から出れなくなってしまった。


「ねぇねぇお兄さん、僕が男の子か確かめてみる?」


 そう言ってゆっくり近づいて来て来るので固まっているとピンク頭が僕の右腕に手を重ねてきたそして今キスをしそうなほど近くにピンク頭の顔がある。


 やっぱり緑のどこまでも見透かされてそうな綺麗な瞳が僕を見ている。


 その瞬間世界に色が失われて行った。


 えっ!?何が?そう思っていると何もないまま世界に色が戻って行った。

 何が今起こったんだろう?一瞬だけ時間がスローになってそして何も起きなかった?今までこんな現象無かったのに。


「あぁ、僕もうのぼせちゃったから先に上がるね」


 そう言って急にピンク頭が僕から離れて立ち上がって風呂から出て行ってしまった。


 え?え?何さっきのは?ドキドキしすぎて死ぬ所だったの?それにお風呂の中でタオルを巻くのはマナー違反だよね。


「呪印さんさっきの何?」


 呪印さんに聞いても目キョロキョロするだけで分からなかった。


 しばらくボーッとしてたが僕ものぼせてしまいフラフラと部屋に戻る事になった。



 部屋でのぼせた顔に濡れタオルをかけてクールダウンして居ると部屋のドアが開いて師匠が帰って来た。


「どうしたの?お風呂でのぼせちゃった?」


 ベッドサイドまで来て僕の顔を覗き込みながら顔のタオルを少しめくって来た。


「うん、お風呂が素晴らしすぎて浸かり過ぎただけだよ」


「確かに、適当に選んだ宿だったけど凄く良いお風呂だったわ。ここは当たりね」


 緩くなった顔のタオルを捲ると意外と近くに師匠がまだいて、さっきのピンク頭の姿を思い出すのと師匠がすごく良い匂いがするのでさらに頭がボーッとして来た。


「ご飯どうする?もう少し後にする?」


「いや今すぐ冷たい物が飲みたいな!」


 僕は急いで飛び起きて率先して食堂へ向かった。



 食堂で冷たい軽いお酒を先に出してもらい料理を待っている間に師匠が明日以降の予定について話し始めた。


「ギルドで確認した話なんだけど、最近この街の北に遺跡が見つかってそれがどうも生きているみたいなの」


「生きている?」


「要するに稼働中って事ね。自動扉が動いててある程度奥に行くとセキュリティが反応するの」


「と言う事はキューブがあるって事かな?」


「その可能性が高いわ」


 喋っている間に来た料理に舌鼓を打ちながらお酒を飲む。美味しいがよくわからない海老の様な形と味だった。ただサイズが握りこぶしほどあり、若干元の姿を見たくない気がする。


「じゃあ明日はその遺跡に行くんだね」


「明日はシュウの装備を整えようと思うの」


「僕の装備?」


「一応簡単な革鎧くらい着てないとすぐ死んじゃうでしょ。シュウは弱いからね」


 本当の事なので言い返せなかった。


 その後やけ食い気味に食事をしてお酒を飲み嫌な事は忘れて眠りについた。


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