第75話 礼と呪印と渾々と


「それにしても今日は色々ありがとう、シュウ君が居なければどうなっていたか」


 ディバルドにお礼を言われ僕は恐縮しながら答えた。


「いえいえ、ホーリッシュさんが一人で退治したようなもんですよ」


 今いる部屋はお屋敷の地下にある古代遺跡の中になる為 セキュリティがしっかりしていて、ここなら賊が入って来る心配が無いそうだ。因みにディミオはもう部屋で寝ている。


 地下なので窓は無いけど天井の魔道具のおかげで明るい部屋で傷に手当てもしてもらい一息ついていた。


「謙遜しなくていいよ。シュウがヴァンパイアの心臓をくれたおかげで私も助かったしね」


 そう言ってウインクしてくるホーリッシュは兎の姿ではなくなったが大人のサイズでドレスを着て全くの別人の様だった。


「そんなに見られると恥ずかしいよ」


「ごめんなさい」


 僕は大人の姿になったホーリッシュに敬語で喋るべきか迷ってるとまたホーリッシュが口を開いた。


「それに急に敬語とかやめてくれよ。私は何も変わってないよ。今まで通り接して欲しい。それに元々こっちが本当の姿なんだ。シュウと同じで幻獣の力があるって言ったけど厳密には違うんだ」


 ホーリッシュの話によると、相当昔の事だが彼女も普通の人間だったみたいだ。


 人間の頃の記憶は曖昧だが大崩壊に巻き込まれて死にかけているところに幻獣がこの世界に出現するのと重なって混ざってしまったらしい。それから幻獣の意思と人間の意思が混ざる中、何年も世界中を彷徨い気がつくとこのグリーンバーズの一族に身を寄せていたらしい。


 だから正確には魔人という存在になるとか、食事なんかは普通にできるけど幻獣の力は補給が難しくて使い過ぎると消費を減らす為に縮んでいくみたいだ。最初の姿みたいに縮んでしまったのは何年か前、隣国が攻めてきた時に暴れすぎたのが原因みたいだった。


「だから助かったよ特に何もなければ、これであと百年は問題なく過ごせそうだよ」


「役に立って良かった。さて僕はそろそろ師匠が待ってるんで帰ろうかな」


 本日何度目かわからない帰宅宣言をするとホーリッシュが立ち上がって口を開いた。


「ちょっと待ってよ、さっきの心臓のお礼をさせてもらおうかな」


 ホーリッシュはそう言いながらこちらに歩いてきて僕の胸に指を立てたかと思うと、そのまま手首まで突き刺した。


「え!?ホーリッシュ?」


 って、あれ?痛く無い、ドラゴンと同じシステムだ。


 僕は驚いた顔をしてホーリッシュの方を見ると悪戯が成功した悪い顔をしていた。


「ごめんごめん、これは君の体の魔力の流れに干渉しているだけだよ。それにしてもシュウの体の中はこんがらがってるよ。ここがこうなって、こっちがこうで」


 ホーリッシュは僕の体の中の魔力の流れを整えているみたいで時間が経つにつれ体の中をぐるぐるとかき混ぜられている様な感覚と、それに伴い体の真ん中あたりが熱を持っている様な気がする。


 それからしばらく静かな時間が過ぎ、ホーリッシュが僕の胸から手を抜いた。


「こんなもんだよ?元に比べればかなり流れが良くなったと思うよ!」


 そう言われて僕は試しに肉球呪印に力を注いでみた瞬間、五感が異様に鋭くなり全身に力が湧いたのと同時に頭に耳が生え、お尻には尻尾が生えていた。


「これは!?」


 僕が肉球呪印の力の通りの良さに驚いているとホーリッシュが僕の頭に手を置いて口を開いた。


「あー、なんて言うかシュウは下手だよ。力の出力も循環も、今まで詰まっていたのを流していたからよかったけどもう無理矢理力任せはダメだよ」


 色々ストレートに言われショックを受けているとホーリッシュが意外なことを言い出した。


「よし、お礼として私が幻獣の力の使い方を教えてあげるよ」


「え、ありがとう?」


 幻獣の力を制御できる様になれば確かに得しかないかもしれない。でもこの力ってそんなに使っても大丈夫なんだろうか?そうやってぐるぐる考えているとホーリッシュがまた口を開いた。


「なんで疑問形なんだよ、まぁいいけど。じゃあもう日が昇りそうだから今日は一日ゆっくりして明日から始めようか。私も疲れたよ、もうねよう。みんなお休み」


 そう言ってホーリッシュは僕の返事も聞かずメイドを連れて部屋を出て行ってしまった。


「シュウ君ごめんね、ホーリッシュ様は言い出したら聞かないんだ」


 ディバルドが言うには、この遺跡の責任者として登録されているのはホーリッシュらしく、一応対外的にはディバルドたちが引き継いで当主をしているが本当の当主はホーリッシュらしい。


 ずっと年を取らないのはおかしいって思われるし殆どホーリッシュはこの遺跡の中で過ごしているみたいだった。


 大昔は外にも出ていたみたいだけど今は殆ど奥へ引っ込んでるらしくこんなに表に出てくることが珍しくディバルドも喜んでいた。



 それから少しの間ディバルドと話していると馬車の用意がで来たと言われたのでお言葉に甘えて馬車で宿へと帰った。


 もちろんその後、師匠には渾々と説教をされたのは言うまでもない。




 次に目を覚ますとお昼だった。隣を見ると師匠は本を読んでいた。


「ティーおはよ」


「師匠でしょ。おはようシュウ、もうお昼よ」


 いつもの何気ないやり取りをして起き上がるとリエルの姿が無かったので師匠に聞いてみた。


「あれ?リエルは?」


「リエルは外で遊んでるわ」


 そう言って師匠が窓の方を見たので覗いてみると、宿のとなりの空き地で十人ぐらいの子供たちが追いかけっこをしていたがそれに混ざってピンク色の頭も楽しそうに揺れていた。


「こうしてみると完全に普通の子供だね。記憶とかどうなってるんだろう、体に引っ張られてるのかなぁ」


「記憶喪失の様な感じなのかもしれないわね。さて、シュウも起きたしお昼ご飯にしましょうか」


 そう言って師匠がドアの方へ向かったので僕も急いで後を追った。



「リエル―!」


 僕が声を掛けるとピンクの頭が子供たちの集団から抜けてこちらへ走って来た。


「シュー!オハヨ!起きたんだね」


 そう言って僕に抱き着いて来たので抱っこしてあげた。


「もうお昼だからご飯食べようか、みんなにバイバイしておいで」


 そう言ってリエルを下に降ろすとこっちを見ていた子供たちの所へ走って行って何か喋ってリエルだけまた帰って来た。


「シュウ、いこー!」


 リエルをまた抱っこして宿の食堂へ行くと、もう師匠がお酒を飲んで簡単な物をつまんでいた。


「師匠飲み始めるの早くない?」


「二人のも頼んでおいたから大丈夫」


 何が大丈夫なのか僕とリエルの飲み物もすでに用意されていただのでとりあえず僕たちは席についてお昼ご飯にする事にした。



「そう言えばオークションの商品を確認しているとき大魔石って言うので後で話すって言ってなかった?」


 僕は食べ終わって紅茶を飲みながら師匠に質問した。


「ああ、そう言えばそうね。因みにあれは魔石じゃないわ。昨日シュウが手に入れた物と同じヴァンパイアの心臓よ。もしかしたら私が昔手に入れてギルドで研究していたものかもしれないわ」


「ヴァンパイアの心臓!あんなにでかいのに?昨日僕が手に入れた物の倍くらいあったよ。っていうか写真で同じ物かわかるの?」


「基本的にヴァンパイアの心臓は長く生きたヴァンパイアが残す物って言われているけど本当は呪印の力でヴァンパイアを倒したり封印した時に残るの、因みにヴァンパイアは長く生きれば長く生きるほど狡猾で魔力も大きくなるわ。だからあの魔石のサイズは滅多にない大きさで昔私が呪印で退治したものと同じサイズだったわ。まぁもちろん違う可能性があるけどあの魔石はギルドで盗難事件があって数十年前から行方不明になっていたのよ」


「じゃあ、あの魔石も落札するの?」


「そうね、あれも落札して出品者の情報が欲しい所ね。と言うわけで私はご飯を食べたらギルドへ行ってくるわ、シュウはどうする?」


「僕はとりあえず今日はリエルと遊んでいるよ、しばらく忙しくなりそうだし」


「昨日って言うか今朝言ってた幻獣の特訓ね」


「そうだね、あんまり気が乗らないけど、この力が暴走しない様にしないとね。あとオークションの地下の機構部を見せてもらえるみたいだから、また師匠の時間が空いた時に行ってみようよ」


「わかったわ。じゃあ夕方には帰ってくるから迷子になったり行方不明にならないようにね」


「はーい注意します!行ってらっしゃい」


「いってらーしゃーーい」


 師匠は僕とリエルに見送られ宿を後にした。


 それからリエルと外で遊んでいるとまた近所の子供たちが集まって来てみんなで遊ぶ事になった。子供のスタミナは無限すぎて死にそうになった。




 「じゃあまた明日ねー」


 だんだん暗くなっていく中、そう言って一人また一人と子供たちが帰って行くと最後にレオと言う名前の他の子供より少し身なりのいい子が最後に残った。茶色の少し癖のある髪の毛とかわいらしい顔に白いシャツと短パンにハイソックスと言う感じで下手すれば貴族の子供にも見えなくもないが本人曰く違うらしい。


「レオはまだ帰らなくていいの?もう暗くなるよ」


 僕がそう言うと赤く染まった太陽を見てレオが口を開いた。


「そうだね、じゃあ僕もそろそろ帰るよまた明日ね」


 そう言って走って行くのを見送り僕とリエルも宿へ帰って一緒にお風呂に入って部屋で待っていると、程無くして師匠が帰って来たので夜ご飯を食べ、またお風呂に入って子供たちと遊んだ疲労を癒した。

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