第74話 剣とメイドと兎耳と
窓から飛び込んで来たライカンスロープと言われた狼男の見た目は魔狼に近い、まぁ魔狼に比べると一回り細いし、確かに感じる魔力が弱いような気がした。言われないとそこまで細かく分からないが。
その飛びかかって来た狼男をマルドナはショートソードで上段から打ち付けたが金属同士が当たるような音がした。何に当たったのかと思ったが金属の様な音は狼男の爪とマルドナのショートソードが当たった音だった。あの爪いったい何で出来てるんだ。
斬り合うマルドナに加勢に入ろうかと思ったがホーリッシュが僕の服を引っ張りながら口を開いた。
「シュウ、マルドナは大丈夫だよ。早く私たちは逃げるよ。マルドナが戦いにくくなるからね」
拮抗する戦いを尻目に僕たちは通路へ脱出すると、屋敷のそこら中から窓が割れる音や叫び声が聞こえて来ていた。
「マルドナさん本当に大丈夫なんですか?」
皆で長い廊下を進みながら僕が心配して聞くとディバルドが口を開いた。
「大丈夫だよ、彼女はオートマタなんだよ。コアが破壊されない限り修理が効く。それより急いで地下のシェルターへ急ぐよ!」
オートマタに驚いて質問しようと口を開いた瞬間、世界に色が失われていった。
ゆっくりと流れる時間の中、横の窓と言うか壁ごと崩れ、ナタのようにでかい爪が僕に伸びて来た。
壁をぶち壊して入って来たのは熊だった。天井近くまである二足歩行の熊がナイフの様に鋭い爪を上から叩きつける様な形で壁を突き破ってそのまま僕の顔めがけて襲い掛かって来ていた。
熊はかなりの速度だったが何とかショートソードを抜刀し、上から来た爪を剣で防いだ瞬間、世界に色が戻っていった。僕は熊にそのまま押し切られそうになり魔法で身体強化をかけたが、それでも顔にナタの様にでかい爪が迫ってきたので僕は肉球呪印にも力を送った。
「シュウ!」
「僕は大丈夫!みんなは早く先に!ここは僕に任せて!」
肉球呪印の力も少しだけ借りる事でなんとか熊と力が拮抗していた。
「わかったここは頼んだよ!シュウも後から来て、一番突き当りの部屋だから」
ホーリッシュがそう言いながら走って行くのを見送り、その後を熊が僕を無視して追おうとしたので上段から切りつけた。
「お前の相手は僕だよ」
そう言いながらショートソードを振り下ろすと、熊は右の爪で器用に防ぎ左の爪を僕の胸めがけて突き立てて来た。熊の見た目のくせに人間の二刀流の様な動きだ。
避けられそうに無いので僕は口呪印さんを操作して噛んで止めた瞬間、世界に色が失われていった。
ゆっくりとした時間の中、前を見ると僕の顔の目前まで恐ろしく鋭い牙が並んだ熊の口が迫ってきていた。ちゃんと熊っぽい攻撃もしてくるんだね。
僕は噛みつきをなんとか体を後ろにそらすようにして躱し、そのまま体を反らせる動きに任せて左手の爪呪印で下から突き上げるように熊の喉を刺した瞬間、世界に色が戻っていった。
僕は倒れてくる熊をそのまま左に捻って倒れたのでなんとか熊の下敷きになるのを免れた。
動きが止まった熊から爪呪印を抜き立ち上がると、熊は人間とも獣ともつかない様な唸り声をあげながら縮んで行った。そしてそのまま力尽きた熊の最後の姿は血溜まりの中に裸の男が横たわっていた。そして裸の男の首には僕がつけた傷跡以外に絵に書いたようなヴァンパイアの噛み跡の様な物もあった。もしかしてライカンスロープってヴァンパイアに噛まれたらなるのこれ?
そんな事を考えて死体を見ているとさっき飛び出した部屋の扉が音も無く素早く開き、中から狼の顔が出てきたので僕はショートソードを構え直した。
「これはシュウ様、賊を倒していただきありがとうございます」
そう言いながら狼男の首根っこをつかんだマルドナが、血生臭い姿に似合わない上品な動きで廊下へ姿を表した。
マルドナはそのまま僕の横をゴミでも運ぶように狼男を引きずりながら歩いて行き、さっき熊が飛び込んできた穴から少し外に出たと思うと、持っていたショートソードで狼男の首を刎ねて庭に捨てた。
狼男を処分しているマルドナの格好を見ると、所々切りつけられて肌が見えていたが怪我は無くどうやら狼男の爪より肌が硬いみたいだ。そんな事を考えていると僕の視線を感じたのかマルドナがこっちを見て口を開いた。
「ライカンスロープは脳を壊すか首を刎ねなければまだ生きている可能性があります。それに室内だと血の跡を消すのは大変苦労いたしますので」
飄々とそう言うマルドナに僕は熊の死んだ跡を見ながら謝った。
「ごめん、廊下を血まみれに」
「お気になさらないでください、それに廊下は石造りですので、すぐ清掃出来ます。それよりご当主様を追いましょう」
「そ、そうだね、急ごう!」
飄々としているマルドナで忘れていたが今はおしゃべりしている場合じゃなかった。僕は走って行くマルドナの後を急いで追った。
広い屋敷をマルドナの後を追って二回ほど扉をくぐってたどり着いた部屋は吹き抜けになったホールをぐるりと囲む二階部分だった。
上から見下ろすと沢山のライカンスロープに囲まれながらディバルトとディミオを守る二人のメイドと、うさ耳が生えたホーリッシュの姿が見えた。
僕とマルドナは急いでホールの一階へ降りて後ろからライカンスロープに切りかかっていった。
「シュウ!マルドナ!怪我はなさそうだね、良かった。あともう少し手伝ってよ」
そう言いながらホーリッシュはまるでカポエラのように蹴りだけでライカンスロープを吹き飛ばしたので僕とマルドナはそこから合流することができた。
「ディミオ!無事で良かった!ディバルトさんも」
「はい!シュウさんもご無事で良かったです」
「シュウ君が賊を足止めしてくれたおかげだよ!」
そう言いながら握手していたが周りではメイドたちが戦っていたので僕も参戦する事にした。
攻めてきているライカンスロープは狼と熊と虎だった。それをマルドナを含めた四体のオートマタのメイドが攻撃を受けながらほぼダメージがない感じでディミオ達を守っているがどうしても時々抜けてくるのをホーリッシュが遊撃している形だった。
その遊撃に僕も参加する形になったのだがどうやら個体差や獣によって特性があるみたいだった。狼は素早く、熊は力強く、虎はその間の様な感じだ。
それを踏まえて戦っているが終わりが無い上にどんどん増えてきている様な気がする。戦い自体はメイドの隙を抜けて来たライカンスロープを足止めさえすればホーリッシュが蹴り飛ばすか手の空いたメイドが投げ飛ばしてくれるのでなんとか戦えていた。
それにしてもキリがない、あれからかなりの時間が経過した。僕たちは黙々と防衛戦を強いられている。メイドが達は疲労がないのか変わらず戦っているが僕とホーリッシュさんはそろそろ限界かもしれない、いや僕が限界かもしれない。
体の至る所に切り傷がありもう何処が痛いのかわからなくなった。僕が肩で息をしているとホーリッシュが口を開いた。
「シュウ、申し訳ないんだけど、さっきのヴァンパイアの心臓を今くれないかな?」
「えっ?急にどうしたの?」
抜けて来たライカンスロープの爪と鍔迫り合いしながら僕が返事をするとホーリッシュも二体のライカンスロープを蹴り飛ばし口を開いた。
「説明は後でするけど、あれがあればこのライカンスロープの群れをどうにかできるんだよ」
まぁ拾ったものだし渡して何とかなるなら良いよね。早く終わって欲しいし。
「了解」
僕は二つ返事でホーリッシュにクリスタルを投げ渡した。
「ありがとうシュウ、このお礼は必ずするよ」
そう言いながらホーリッシュは受け取ったクリスタルを僕の目の前でごくりと飲み込んでしまった。
「え!食べれるのそれ?!」
ぼくが驚いているとホーリッシュの体から濃密な魔力が溢れ膨らんだと思うと、さっきまでの子供の姿ではなく大人の姿に変身して、しかも体は全部フワフワの白い毛皮で包まれてバニースーツの様になっていた。ちなみにお尻には可愛い丸い尻尾が付いていた。
「よし、じゃあちょっと行ってくるよ」
そう言いながらホーリッシュは飛び上がると伸身宙返りでメイドの頭を飛び越え、まるで踊る様に蹴りだけで、そこに居た虎や狼のライカンスロープ達を次々と蹴り飛ばしていった。
その攻撃はさっきまでの子供の体で弾き飛ばすだけの攻撃と違い鋭い蹴りがライカンスロープの頭を砕き、手刀は体に突き刺さりと恐ろしい威力を見せていた。でもちょっとビジュアル的にディミオの教育に悪いかもしれない。
そう思いディミオの方を見るとまるでヒーローでも見る様な目つきでその戦いを見ていた。
「そう言えばそう言う世界だったな、R18とかなかったよね」
沢山居たライカンスロープ達はあっという間に血の海に沈み、そこには人間に戻った死体だけが転がっていた。
メイド達がそれぞれドアを塞ぎバリケードを設置して僕はやっと座る事が出来た。
「みんなお疲れ様!シュウもありがとう、おかげで撃退することが出来たよ」
「なんでこんなにライカンスロープが襲って来たの?」
「多分オークションの品を奪いに来たんだと思うよ。ディミオを誘拐してそれと交換で商品を受け取ろうと思ったら失敗したから次は力ずくで来たんじゃないかな?」
「迷惑な話だね、こんな事よくあるの?」
「まぁこういう仕事をしていると残念ながら有るよ。さて、お茶の続きをしようよ。マルドナ続きは地下だ」
そう言ってマルドナが何処からか出して来たコートをホーリッシュに掛けるとマルドナを先頭に奥の部屋へと進んで行った。
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