第76話 部屋とメイドと特訓と


「じゃあ私はオークションの落札資金を作って来るわね」


 そう言って師匠はグリーンバーズで使える金貨を集めるために町とギルドへと繰り出していった。


「じゃあ僕達も行こうか」


「いこー!」


 そんな感じで宿を出ると昨日遊んでいた子供たちと出会ってしまった。


「リエルちゃんお出かけしちゃうの?」

「あそぼーよー!」


 何人かの子供がリエルに話しかけて来た。リエルを見ると遊びたそうにしていたので少し困っていると横で掃除をしていた女将さんも話しかけて来た。


「もしよかったらうちの託児人を付けましょうか?」


 おかみさん曰くこの宿には託児のスタッフがいるみたいでお金を払うと一日付きっきりで子供を預かってくれるらしい。


 リエルに聞くと遊びたがっていたので、託児をお願いする事にした。現代の日本と違って人件費が安いから出来るんだなと、わけのわからない事に関心しながら僕はリエルを置いてグリーンバーズの屋敷へと辻馬車に乗って向かった。


 その後、グリーンバーズ家の門に行くと話が通じているみたいで、すぐにマルドナさんが出て来て屋敷の奥へ案内してくれた。

 案内された部屋は天井が高く二階分はある部屋で、ここも遺跡の中らしく窓は無いが部屋全体が発光しているような感じで明るく、部屋の隅にテーブルセットが置いてあるだけのシンプルな修行部屋だった。


「じゃあ、まず少しずつ幻獣の力を開放してみてよ。心配しなくてもここの壁はちょっとやそっとじゃ壊れないし私が引き戻してあげるから安心してね」


 安心してねと言われても、過去に色々破壊しているので安心はできないが仕方なく僕は肉球呪印に力を送り始めた。


 部屋の真ん中で正座をして呪印に力を込めていくと感覚が鋭くなっていくのが分かる。


 部屋の空気の流れ匂い、後ろで僕の頭に手を置いて立ってるホーリッシュや壁際に控えているマルドナの心臓の音、マルドナってオートマタだけど心臓の音が聞こえてくるんだね。


 そんな事を考えているとプツリと意識が途切れてしまった。


深い眠りから覚める様な感触があり目を覚ますと僕はまださっきと同じ正座したままだった。


「ふむふむ、とりあえず五パーだよ」


「五パーセント?」


 目覚めた途端の宣告にオウム返しで聞き返すとホーリッシュが僕の頭から手を放して口を開いた。


「シュウの幻獣に意識が持ってかれない様にする限界が五パーセントって事だよ」

「えええ、少ないね!」5%って消費税でももっとあるのに。


「ふむ、でもシュウの中の幻獣はとんでもない魔力を感じるから、五パーセントでもそこそこだと思うよ。取り合えずその五パーセントの見極めとそれを上げていく為の練習だよ」


 それから始まったのは幻獣化の制御だった。今まで漠然と肉球呪印に力を送って身体強化をしていたのを耳だけや目だけ鼻だけと部分強化にする練習だった。


「またアウトだよー」


 そう言われて目が覚めた。本日何度目かの幻獣に意識を持っていかれて強制的に帰って来たところだった。


「でも少しずつだけど個別の強化が出来るようになってきてるから続きは明日だよ。もう日が暮れちゃうからね」


「ええ!?もうそんな時間!」


 驚いて壁を見てしまったが窓が無いので意味が無かった。


「意識が飛んでた時間も多かったしね。そろそろご飯にしよう。シュウも食べていく?」


「いや、僕はリエルが待ってるから帰るよ。また明日!」


「また今度は食べていってよ、ディミオも喜ぶと思うから」


「わかったよ、明日か明後日にでもお呼ばれしようかな」


 そんな軽い感じで挨拶をして僕は宿へと帰宅した。



 宿へ着くと横の広場でリエルとレオが薄暗くなっているのにまだ遊んでいた。


「ただいま!」

「おかえりー!」


 そう言いながらリエルが僕にしがみ付いて来るので抱っこすると、一緒に遊んでくれていた託児のスタッフの女性があいさつをして宿に入っていった。


「さてご飯かお風呂にしようか!」

「お風呂―!」


 リエルも僕のお風呂好きが移って来たかな?そんな事を考えているとレオが僕の方へ寄って来た。


「僕も帰るね、また明日」


 そう言ってレオは薄暗くなった街並みを足早に帰って行った。


「いつも最後まで居るみたいだけど近所の子なのかな?」


 なんとなくリエルに聞いてみたが知らないと言われた。まぁ子供なんてそんなもんだよね、急に自分の家紹介したり。


 宿に入ろうと思ったら路地裏から子供が一人歩いて来た。


「忘れものかな?」


夕日に照らされた姿は裸足にボロボロのローブを着たスラムの子供だった。


「マイキーからの伝言だよ。猿のおっさんの大体の場所を掴んだから最終確認するって」


 そう言って手を出して来たのでいつもの様に銅貨を数枚渡すと、すぐに走って路地裏へと消えていった。


 なんか子供のギャング団みたいでかっこいいなと馬鹿な事を考えていると、リエルに早くお風呂入ろうと急かされたのでお風呂でリエルの汚れを落とすことにした。


 お風呂から出て果実水を飲んでいると師匠が帰って来たのでご飯を食べ今日あった事を報告し合い、リエルが今日は楽しかったと言うので明日以降もしばらくリエルは託児する事になった。



「爪の先にだけ集中するんだよ」


 ホーリッシュにそう言われて僕は腕を前に伸ばし指の先だけに幻獣の力を集中していく。今日は五感だけじゃなく部位関係ない部位に幻獣の力を送る練習をしていた。


「ホーリッシュは大体どれくらい幻獣の力を使いこなしているの?暴走はしないの?」


「私は暴走はしないよ。シュウとは成り立ちが違うからね。私が幻獣であり幻獣が私だからね。」


 そんな感じでおしゃべりをしながらも幻獣の力を一定に保てる練習をして色々な話をホーリッシュから聞いた。


 ホーリッシュは幻獣と人間が混ざってるので寿命は分からないらしく、とりあえずもう数百年以上は生きているらしい。


「試しに外部からの干渉で幻獣の力を操作してみよう」


 そんなホーリッシュの思いつきで始まったトレーニングをしていた時だった。


 ホーリッシュがいつもの様に頭に手を置いて力を流し始めたときそれは起こった。


 いつもと違いホーリッシュが触れている部分から電気でも流れているかの様な感触があり唐突に体に力が入らなくなった。


「わっ、これはまずいかもしれないよ」


 ホーリッシュがそう言った途端、部屋の中を黒い風が吹き荒れテーブルや椅子が転がり、控えていたメイドも横にいたホーリッシュも人形の様に部屋の中を跳ね回った。


『私にくだらない干渉をするな殺すぞ!うさぎ風情が!』


 僕の口から僕の中にいる凛の声がしていた。


 次の瞬間、勝手に僕の右手が軽く下から上へ動いただけで、その先の壁がまるでカンナで研いだ様に捲れていき、その先にいたマルドナを弾き飛ばした。


「まずいよ、シュウの中の幻獣が予想以上だったよ。マルドナは今動けるメイド全部動員して緊急措置十三番を起動」


 ホーリッシュがそういうと何処からか警報音が鳴リ響き、部屋の扉が開いてメイドが沢山入ってきて、その隙にホーリッシュが僕に謝りながら部屋から出て行った。


 その時僕はそれをまるでモニター越しに眺めている様な感覚だった。


 全部多分オートマタなんだと思うけど、沢山のメイドが暴れる僕に向かって殴られようが斬りつけられようがしがみついてくる。


 そして動ける全てのメイドが僕にしがみついた時、天井の一部分が開いて赤い液体が流れ込んできた。


 まさかの水責めと考えていると足元に溜まった液体はあっという間に固形になり、ちょっとやそっとの力では動けなくなり、それがどんどんと顔まで迫ってきた。


 モニター越しの感覚で見ていたはずなのに口と鼻が塞がった途端めちゃめちゃ苦しくなって体の感覚も僕に帰ってきた。


「ゴボォガボォ!」


 スットップと叫んでも口に流れ込んでくるだけダメだ。うそ〜、そんな感じで凛引っ込むの?ひどくない?


 息もできず喋ることもできず苦しみながらもがいていると、すぐに僕は意識を手放した。




 目が覚めるとそこは知らない天井だった。


「ああ、また死んだのかな」


 そう言って起き上がって周りを見ると同じ部屋のソファーで何か飲んでいるホーリッシュと目があった。


「なっななななっなんで!?」


 ホーリッシュは飲んでいたお酒をこぼしてしまうくらい狼狽えていた。


「あ、そう言えば言ってなかったね」


 僕は転生して不老不死になった話を短めに説明した。


「シュウは不老不死なのか、そうか」


 ホーリッシュは何か考えてブツブツと独り言の様な感じで考えをまとめているみたいだったがしばらくして考えがまとまったのか口を開いた。


「よし、じゃあちょっとぐらい無茶してもいけるって事だね」


 僕を見ているホーリッシュの口がまるで三日月の様に釣り上がって見えた。


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