第77話 傷と執事と狼と
暴走から数日が過ぎ、ついにオークションの日がやって来た。
この数日はつらかった。ホーリッシュがもうやりたい放題だったので獣人の闘技場を思い出したくらいだった。
口以外を固められて無理やり暴走させられたり、よくわからない液体の中に沈められて暴走したら電気で気絶させられたりともう実験動物の様な扱いだった。でも、もうそれも昨日で開放されて今日からは晴れて自由の身になった。なったんだなんかもう特訓とか言われたら断ろう。
「オークションは夕方からだよね」
「そうね、馬車を手配してるから夕方までゆっくり観光でもしましょうか」
師匠がそう言いながらシエルを起こして着替えさせていると部屋のドアがノックされた。
「朝早く申し訳ございません、シュウ様を呼んでいる者が一階の方へお見えです。どういたしましょうか」
ドア越しに声をかけて来た宿のスタッフの後を追って僕だけ一階へ降りる事にした。
一階に降りると宿のスタッフが嫌そうに見つめる先に、三人のスラムの子供が僕を待っていた。
子供達は僕を見つけるなりスタッフを押し退けて僕の方へと駆け寄って来た。
「マイキーが帰って来ないんだ!」
「あいつらに捕まったかもしれない!」
そう口々に言う子供達を宿のスタッフに嫌な顔をされながら部屋に連れて帰り話を詳しく聞くと、北門の先にある森に大きな館が有り、そこにエイドルが捕まっている可能性が高くマイキーが館へ確認に向かいもう二日以上帰って来ていないと言う事だった。
「よしマイキーを助けに行こう!」
僕の言葉を聞いて子供達の顔がパッと明るくなった。
「師匠はオークションの方をお願い、こっちは一人でなんとかしてみるよ!」
「わかった。獣人の落札の確認と偽キューブはこっちでやっておくわ。終わり次第私もそっちに向かうから無茶しないでね」
「リエルは今日もお留守番出来るかい?」
「わかった。リエルはポールとマリアとレオと遊ぶ!」
多分一緒に遊んでる子供たちの名前だけどレオだけはわかった。それにしてもリエルはだいぶ言葉の数が増えた気がするね。もしかして成長してるのかな?
そんな事を考えながら僕は準備を整えて子供たちと森へ向かう事にした。
「じゃあ師匠リエル、行ってくるね!」
「いってらっしゃい、無理しないでね」
「いってらっしゃーい!」
北門を抜けて森の中の馬車が通れる様な道を進み、幾つかの分岐を経てたどり着いたそこは薄暗い森の中にある結構でかい館だった。
子供達には先に村に帰る様に言って僕は一人でこっそりと館へ近付いて肉球呪印に力を込めて聴力を強化した。
その結果、館からはほぼ音が聞こえないので玄関のドアを開けてみると鍵はかかっていなかった。
「おじゃまします」
そう小声でつぶやきながら館へ入るとそこは広い玄関ホールで正面に二階に上る階段があり、左右の壁には二つずつ扉があった。
音がしないからもしかしたらここにはもういないのかも知れないと考えながら右の壁のドアを開けようとした時、不意に声を掛けられた。
「どちら様でしょうか?」
僕は突然かけられた声に心臓が飛び出しそうなほど驚いて後ろを振り向くとシルバーの髪をオールバックにした髭を生やした糸目の執事服に身を包んだ男性が階段の中腹に立っていた。
「あ、えっと、すいません勝手に!実は人を探してまして、子供なんですがマイキーと言う子でこの辺で行方が分からなくなったみたいで探してて、声を掛けたつもりなんですが玄関が開いてたものでつい」
僕は咄嗟にそう答えると執事の男は階段を下りながら口を開いた。
「ふむ、存じ上げませんね。それに勝手にこの屋敷に入られては困ります。すぐ出て行って下さい」
そう言って僕に外へ出るように促して来たので僕は玄関へと向かった瞬間、世界に色が失われていった。
目呪印で後ろを確認するとさっきの執事が手に短いナイフを持って僕の首元に突きつけて来ている所だった。
咄嗟にお辞儀をするような姿勢でナイフを避けて、そのまま踵で腕を蹴り上げるように蹴りを放った瞬間世界に色が戻っていった。
「ほう躱されるとは、貴方はただ子供を探してるだけではないようですな」
僕の蹴りを余裕で躱して後ろに下がった執事がそう言いながら僕のことをつま先から頭の先まで値踏みするような目で見て来ていた。
「そっちこそお客さんの首にナイフ突きつけるとかどんだけ危険なんだよ」
僕が言い返すと執事は少し楽しそうに懐に手を入れるともう一本ナイフを出して、両手に構えて口を開いた。
「この館に入った者は簡単に外に出す事は出来ません。諦めて死んでください」
そんなとんでもないことを言いながら軽い足取りで切りかかって来た。
僕は目呪印に力を注ぎゆっくりとした時間のなか、急いでショートソードを抜いて上段から切りつけると、執事は左手で持ったナイフを円を描くように回して受け流し右手のナイフを僕の腹部へ突き立ててきたので僕は口呪印でそれを噛んで止めた。
執事が僕に刺さったはずの右手のナイフがガッチリと動かない事に動揺した隙に僕は、空いた左腕で肘打ちを喰らわせようとしたが執事はすぐに右の刺さったままのナイフを手放し僕をその手で掌底の様にして僕の胸を押して後ろへ飛んで離れた。
世界に色が戻りまた最初の立ち位置に戻ったが、この執事の動きが滑らかでかなりの使い手だと思われる。
「ホントにもう何もしないんで逃がしてもらえないかな?」
胸のナイフを抜きながら、そう言う僕に執事は口角を上げて丁寧に答えた。
「アポイントメントのないお客様には死んでいただくよう、主に申し付けられておりますので誠に申し訳ございません」
そう言い執事が左手のナイフを右手に持ち替えた瞬間、世界に色が失われていった。
気が付くとさっきまで執事が持っていたナイフが僕の目前に飛んで来ていた。
「あぶっ!」
そう言いながら僕はギリギリで頬から血を流しながらそのナイフを避けたと思ったら、手の指から二十センチ位の爪を伸ばした執事がもう眼前まで迫っていた。ちょっとまってこれ、もしかしてライカンスロープ?
ゆっくりとした色の無い世界の中僕の顔めがけて爪で切り付けてくる姿は執事服がパンパンに膨らんだ狼男だった。
僕は爪の直撃を避けようと、何とか体を傾けて体を逃がしたが間に合いそうにない、とりあえず口呪印で一番深く入りそうな爪を防ぎ、剣は重くて間に合いそうにないので手放しながら僕も爪呪印で執事に向かって突きを放った。
ギャリっと金属が接触したような音が鳴りまた執事との距離が空いた所で世界に色が戻っていった。
「お客様なかなかやりますな。これで仕留め損ねるとは思いませんでした。よくこちらの動きが見えてますね、出会いが違えば弟子にして鍛え上げたいところですよ」
「こっちはもう修業はこりごりだよ。お断りします」
そう言いながら見えなくなった右目に手を触れるとザックリと切り裂かれて血が流れていた。めちゃめちゃ痛い。
僕は右側が見えないので目呪印さんを右目の傷口の上へ移動させてみると、普通に視界は戻り見えるようになった。
「なかなか変わった体をされているようですな、貴方も人間ではないのでしょうか?」
僕の爪と目の呪印を見て執事がたぶん不思議そうな顔をして聞いて来た。狼だからほぼ分からないけど。
「めちゃめちゃどこにでもいる人間だよ、そっちこそライカンスロープでしょ」
僕はそう言いながら顔の傷口に蔓呪印を縫うように通してみると血が止まる事に気付いた。呪印さん色々できるね。
「おや、私どもの事を知っていましたか。子供を探していたのも嘘でしょうかな?もしかして何者かに言われ退治にでも来ましたか?」
少し牙を見せて険しい顔になった執事に僕は口を開いた。
「いやいや、子供を助けに来たのは本当だよ、別件で人を探しててね。その子がこの館に間違っては行っちゃったみたいなんだけどしらないかな?ほんとにその子を返してくれたら帰るし、ここの事も忘れるからダメかな?」
正直達人で身体能力ライカンスロープとか戦いたくないんだけど。
「難しいですね。私は執事ですので言われたことを愚直に全うするのみでございます。失礼ですがもしよろしければお名前を頂戴できますか?私はスチュアートと申します」
「僕はシュウだよ」
「ありがとうございます。そろそろ本日の準備をしないといけませんので本気で行かせて頂きます」
そう言って執事は上着を脱ぎ棄てた。
「マジか出来ればお手柔らかにお願いします」
そう言いながら僕は身体強化だけじゃなく肉球呪印にも力を込めた。
執事ズボンだけ穿いた狼男は滑るような足取りで僕の方へ進んで来たのでショートソードを振りかぶった瞬間、世界に色が失われていった。
僕の目前にはナイフじゃなくて真っすぐに尖った狼の毛がまるでサーカスの投げナイフの様に沢山飛んで来ていた。
多すぎると思いながらなんとか後ろに飛びながら顔や体の中心に刺さるものは腕でガードして、それでも防ぎきれない物は口呪印で防ぎ何とか後ろに転がって着地すると目前に狼の大きな牙が迫っていた。
次の瞬間僕は首を噛まれ、まるで犬がぬいぐるみを振り回すかのように引きずりまわされて意識が無くなってしまった。
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