第35話 宿とトカゲと旅人と
「凄いね!いったいどれだけの人が住んでるんだろう?」
砂と岩だけの世界の中、僕たちの前に壁がせり立っていた。
僕たちは今その壁の前で中に入る順番待ちの列に並んで暇をつぶしていた。
「とりあえずシュウと姐さんはキャラバンの一員として一緒に申請するからな」
「ありがとうガラハド」
ここマルダンの街に入るに当たって入街税を取られるらしいがキャラバンはある程度まとめて払うらしく僕達も一緒に申請してくれることになった。
「それにしてもすごいねこの壁、一体何処まで続いてるの?」
僕の誰に言うでもない独り言にガラハドが答えてくれた。
「この壁はぐるっとこの街を囲んでいるんだ。特殊な遺物を使い建造したらしいがかなり地下まで壁が有ってな。そうやすやすとサンドワームが町に入ってくることもないから砂漠で唯一安心できる街だぜ。それにここは独立した商業都市だから賑やかで珍しい食べ物からスパイス、酒に女にとなんでもあるぞ!シュウも一緒に娼館に連れてってやろうか?」
「すごいね、こんな砂漠の真ん中で砂漠を迂回したりする街道は無いの?」
とりあえず話を逸らすが師匠の居る所で娼館の話はしないでほしい。師匠の方から無言の圧を感じる、考えすぎかもしれないけど。
「他のルートは森や山があって通るには時間がかかるし距離も遠くなるからな、この砂漠越えが最短ルートで俺たち商人に富をもたらしてくれるんだぜ」
「ガラハドもだけど商人はすごいね」
「そうだな儲け話があるなら月の穴の中にだって俺は行くぜ」
そう言ってガラハドが馬鹿笑いしていると僕たちの順番が回ってきてやっと街に入る事が出来た。
「姐さん達はどうするんだ?泊る所や行く予定が無いならうちのキャラバンと一緒に来ないか?二人なら大歓迎だぜ!」
ガラハドの誘いに師匠が馬車から荷物を下ろしながら答えた。
「ありがとう。でも私たちは大事な用事があって一緒にはいけないわ。もし同じ方向に行くときは又乗せてもらうわね」
「そうか、いつでも言ってくれよな!姐さんなら大歓迎だぜ!じゃあシュウも元気でな。俺たちはこの街ではいつも月の砂漠亭に泊っているから何かあったら顔出してくれよな!一応ひと月程いる予定だ。もし西に行くなら乗って行ってくれたらいいしな!じゃあな!」
「またね!」
そう言って手を振りガラハド達と別れた。
「僕たちはこれからどこ行くの?」
「そうね、まずは宿を決めましょうか」
「なんかよく考えたらこの世界に来てから宿屋に泊るの初めてなんだけどワクワクするよ」
「あはは、じゃあ良さそうな所を探しましょう!」
僕は初めての異世界の宿屋に思いを馳せながらマルダンの町へと足を進めた。
この砂漠の街マルダンはオアシスを中心に丸く街並みが広がっていてとんでもない大きさだった。ガラハド曰く古代の魔道具を使用して壁を作ったらしくまだまだ中には土地が余っていて端の方はサボテン畑になっていた。
その街並みは大体の建物が日干しレンガで作られていて平屋が多く時々大き家や商店が木材を使用した作りになっており金持ちが住んでいるらしい、因みに二階建てや三階建の石材で出来ている物もあった。
「ここ良さそうね」
師匠が選んだのは木造三階建でかなり規模の大きな宿屋だった。
「すごい綺麗な宿だね、高いんじゃない大丈夫?」
「大丈夫よ、こう見えても蓄えは有るのよ一人くらい養えるわ」
そう言いながら師匠が魔法の袋をポンポンと叩いていた。
「養ってもらってすいません」
「ちゃんとその分しっかり働いてもらうから大丈夫よ。さぁ行きましょう」
中に入ると床は大理石の様な石造りでお出迎えのスタッフが荷物を預かりカウンターへと案内してくれた。
「いらっしゃいませ。お泊りでよろしかったでしょうか?」
「そうね、とりあえず二泊お願い」
こ綺麗なスーツの様な服を着たスタッフが宿帳を確認しながらこちらを見た。
「お部屋はどういたしましょう。現在ツインの空きが一つございますがそちらでよろしかったでしょうか?
「じゃあそれでお願いするわ」
同じ部屋!その後何か宿についてカウンター係が話していたが全然耳に入っていなかった。
「それではこちらのスタッフがご案内いたしますのでどうぞごゆっくりとお寛ぎください」
「シュウ何してるの行くわよ」
「は、はい」
僕は師匠に呼ばれて急いで後をついて階段を上って行った。
「それではごゆっくりとお寛ぎください」
そう言って頭を下げて案内係が部屋から出て行った。
部屋は三階にあり中に入るとリビングになっていてソファーセットが置いてあり突き当りが見晴らしのいいベランダになっていた。
そして右横の壁にはアーチがありドアが無く、奥にはベッドルームになっていた。
「よし部屋も決めたし行こうか」
「え、何処へ?」
「今からギルドに行くわ。行きましょう」
「まぁわかってたけどね」
「なんか言った?」
「いえ、何も言ってないよ」
「じゃあ行きましょう!」
そう言って僕たちはギルドへ向かった。
宿屋のスタッフにギルドの場所を確認して僕たちはギルドへ向かっていた。
異世界の定番冒険者ギルドかぁ。師匠めちゃくちゃ強いしプラチナランクとかで「これはティーレシア様ギルドマスターがお待ちです」とかなるのかな。そんな想像をしながら師匠に質問してみた。
「この街には冒険者ギルドが有るんだね。師匠はランクが高かったりするの?」
「冒険者ギルド?ランク?何それ、聞いた事ないわ」
「あれ違うんだ?」
「今から行くのは旅人ギルドと言って会費を払う事で会員証を発行して各地のギルドでの情報収集や両替、情報の買取をしてくれたりするの、シュウの言う冒険者ギルドって言うのはどう言う物?」
「いろんな依頼を出したりモンスター討伐の依頼を受けたり、それにランクがあってランクを上げると報酬もよくなるとかそんな感じだよ」
「それは元の世界の話?」
「そうだね、元の世界の創作の話だね」
「こっちではモンスターを狩るなら傭兵団や狩猟ギルドに依頼を出したりする感じね。そんな一か所で依頼をやり取りしていたら各ギルドとそのギルドは戦争になるかもね」
「どの世界でもそれぞれ利権が有るんだね」
「お金が集まるところには権力も集まるからね。そういえばもうお昼だしご飯でも食べて行こうか?」
「いいね!賛成」
一緒にお店を探して歩く砂漠の町並みはそこら中に水路が走り砂漠の雰囲気は一切なかった。
「ねぇ師匠なんでこの街は水がこんなに豊富なの?ここ砂漠のど真ん中だよね」
水路の横を二人で歩きながら師匠に気になったことを質問してみた。
「この街は古代遺跡の上に立っているらしいわ。遺跡の奥にあるキューブの力で水を無限に出し続けてそれを町中で使ってるのよ」
「キューブは破棄しなくて大丈夫?」
「私も何でもかんでも破棄してるんじゃないわ、ここのキューブはレプリカだったからそのまま置いてきたの。ドラゴンなら問答無用で破壊してたかもしれないわね」
「そっかレプリカなら問題なければ破壊しなくてもいいんだ」
「ここの遺跡は何万と言う人の命に直結してるからね。後回しって事かな」
そう言いながら師匠が急に足を止めてかわいらしい石造りのお店で外のメニュー表を見ていた。
「よし、ここにしましょうか」
中に入ると石作りの店内は外と違ってかなり涼しく思ったより明るかった。
キョロキョロする僕をほって師匠は適当に開いている席に座ってメニューを読みだした。後で聞いたがメニューがあるのはある程度値段が高いお店らしい、字が読めない人がかなり多いので通常はスタッフに声を掛けて尋ねるシステムが多いと言っていた。
「何にしようかな?シュウは何にする?」
「僕はメニューが読めないから師匠に任せていいかな?」
「今度から文字も勉強しないとだめね、絵本でも買いましょうか」
「ありがとうママ」
そんな事を言いながら何点か師匠が選んでくれ、お喋りしているとすぐに良い匂いがする温かい料理がやって来た。
ササミの様な物が乗ったサラダに野菜を煮込んだスープ、大きなトカゲが丸焼きになった肉料理だった。
小皿に取り分けサラダを食べると、野菜には少し濃い味のドレッシングが掛かってあったが鳥が優しい味でそれを中和してくれ、すごくあっさりと食が進む味だった。
「サラダ美味しい、この鶏肉が野菜にすごく合うね」
「このサラダのお肉もトカゲのお肉ね。その大きなのと種類が違うけど野菜は殆どサボテンの一種よ」
師匠の話を聞きながら飲むスープは塩味が強く汗をかいた体にしみこむようだった。それに合わせて食べるメインのトカゲは見た目以上にジューシーで骨も少なくてフォークが止まらずあっという間に平らげてしまった。
ちなみに僕は水を飲んでいるけど師匠はなんかビールみたいなのを飲んでいた。
「美味しかったわね」
「ほんとだねトカゲって予想以上に美味しいね。ジャングルでも確かに美味しかったけど料理人が作るのは別格だったよ。呪印の力で食べなくても良いんだけどやっぱ食べ物って大事だよね」
「そうね、お酒と本は人生に潤いを与えてくれるわ」
「僕も前の世界では本が好きだったんだけどこの世界に来てからは生きるのに必死で忘れてたな。本当に文字の勉強頑張るよ」
「早く文字を覚えて一緒に本の虫になりましょう」
そんな事を言いながらお店を後にして僕たちはギルドへと向かった。
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