第59話 水と女神と傭兵と


 あれからいくつかの街を通り過ぎ僕達は今、街道沿いの開けた野営地にて焚き火を囲んでいた。



「そのとき俺が仕留めたのがこの腰に巻いてる一つ目狼だ!」


 そんな狩り自慢をしている傭兵のおっさんは頭の毛も眉毛もない髭面で色黒強面で名前をマーロフと言い途中の村から一緒になった傭兵だった。


 現在馬車は途中の村々で人を乗せて行き徐々に増え、一緒に同行している商人を含めて十台からなる大所帯となっていた。


「マーロフ達は何の依頼をして来たの?」


「俺たちは新しい迷宮が見つかったって話を聞いてな、調査に行ってたんだ」


「迷宮?!見つかってない迷宮があるの?!」


「ガハハ、甘いぞシュウ!迷宮なんてそうそう簡単に見つかるもんじゃないぜ!」


 マーロフは大口を開けて笑い、ゴクゴクと豪快に葡萄酒を飲み干し、また口を開いた。


「結局穴はよぉ、大岩トカゲの巣穴だったから大変だったぜ、デカイわ硬いわでよぉ、俺のこの斧が少し欠けるくらいだからなぁ」


 マーロフが横に置いていたでかい斧を持ちあげてこちらへ見せて来たが手入れがあまりされてなく色々欠けてた。多分力ずくで叩き切るタイプなんだろう。


「そもそもマーロフが穴の中に何も確認せず入って行くから悪いんだろうが」


 横からマーロフにツッコミを入れたのはグルスと言う名前で、見た目は皮で出来たピッタリとしたヘルメットを被りその上にゴーグルをつけ背中にでかい弓を背負った痩せ気味の目つきの鋭い男だった。


「まぁまぁ良いじゃねぇか結果的には解決したんだしな」


「お前はいつもそうだ!」


 言い争いをしているこの二人が所属しているのが、草原の風と言う傭兵団で依頼帰りについでに護衛の仕事をしているらしい。


「シュウはよぉ、腰にロングソードを下げてるけど少しはやれるのか?」


 グルスが何気に僕の腰につけている剣を見て聞いてきた。


 ちなみにこの剣と着ている革鎧は少し前の街で師匠が人間の国では魔法や呪印は目立ち過ぎる。と言う理由で買ってもらった物だった。


「護身用だよ、剣も習い始めてまだ二年も経ってないしね」


「そうかじゃあ魔物が来たら逃げた方がいいな、ところでシュウ達はどこへ行くんだ?」


「僕達はグリーンバーズへ行くんだ」


「オークションシティか!俺も一度行ってみてーな、グルス俺たちもついて行かね?」


「アホか!仕事どうするんだよ」


「あぁぁ仕事かぁ、どっかに大金落ちてねぇかなぁ」


 どこの世界でも落ちてるお金に期待するのは同じなのかもしれない、そんな話をしていたとき野営地の端の方で叫び声が上がった。


「さっそく仕事だぞマーロフ!」


 そう言って二人は叫び声のする方へと走って行った。


「シュウ、こっちにも来るわ。魔法は肉体強化だけで剣でやってみなさい」


「了解」


 師匠に言われて剣を抜いて構え森の方を見ると、周りで焚き火を囲んでいた人が急に剣を抜いた僕に驚いていたが、さらに僕の目線の先を見て悲鳴を上げた。


 森から出てきたのは体にハリネズミのような棘を付けた3メートル位の熊だった。


「あれはニードルベアよ針を飛ばしてくるから気をつけて」


「師匠は?」


「それぐらいシュウだけでなんとかなるでしょ、鍛錬よ鍛錬」


「はーい。じゃあ、行ってきます」


 僕が熊に向かって行くと四つん這いだった熊が立ち上がり見上げないといけない大きさになってしまった。


「威嚇してくるならこっちから行くよ!」


 でかい敵は体当たりが一番怖いからね。熊の左側に回りながら袈裟切りに剣を振り下ろすとその瞬間、世界に色が失われていった。


 ゆっくりと流れる世界の中、まるでナイフが並んだ様な熊の爪が左上から迫っていたので振り下ろしている途中の剣を諦め避けるのを重視し膝を曲げて何とか爪を躱し、体制が悪く力があまり入らなかったので熊の右足を少し切りつけただけになったが硬い毛に阻まれ血も出なかった。


 次に熊が左の手をこちらに伸ばして来たので右後ろに下がりながら左下からの切り返しの剣を合わせるとギャリンと金属同士が当たった様な音が鳴り手がしびれその瞬間、世界に色が戻っていった。


 熊も僕も少し距離を取り睨みあう形になったが熊が唐突にお辞儀をするように頭を下げて来た。


「シュウ!針を飛ばして来るわ!気を付けて!」


 師匠が叫んだ次の瞬間、世界に色が失われていった。


 目の前に二十本くらいの針が飛び出して来たので、斜め前に進みながら剣を下から払いあげ針を弾いたが避けきれなかった三本の針が胸と腕と足に飛んできたが、なんとか胸だけは口呪印さんにキャッチしてもらい致命傷は免れた。


 手足は死ぬほど痛いが、そのまま振り上げた剣を肉体強化を最大にしてお辞儀を下姿勢の熊の首に突き立てるとその瞬間、世界に色が戻っていった。


「死ぬほど痛ったい!」


 腕と足に刺さった針は二十センチほどもあり、骨には刺さっていないが貫通していたので師匠が針を抜いて包帯を巻いてくれた。


「もう、針を飛ばすって言ったでしょう」


「あんな姿勢で飛ばすと思わなくって」



 そんな話をしているとマーロフたちが帰って来た。


「シュウ!ニードルベアをやったのか!やるじゃねぇか!」


 マーロフが僕の肩をバンバンと叩いて来るので刺さった所が痛い。


「いたたた」


「ほんとによぉ、こいつの針痛ぇよなぁ!」


「マーロフ、シュウは針が刺さった所じゃなくてお前が叩いてるのが痛いんだよ!」


「ああ、すまねぇ!」


 グルスがマーロフを注意してくれたので叩くのが収まって助かった。


「それにしてもシュウは剣使えるじゃねーか、謙遜しやがって!この腕ならいつでもうちの傭兵団に入れるな!」


「ありがとう」


 この二人は魔物が出て呼ばれたら対応する契約になっているみたいで、野営などは御者が持ち回りでやっているみたいだった。



「シュウ、司祭様に来てもらったぜ」


 グルスが連れて来てくれたのは焦げ茶色の髪の毛を後ろで束ねた糸目の体の線の細い司祭だった。


「どうもディアスと申します、ちょうど村々を巡回している途中だったのでよかったです」


 そう言って僕の傷口に手をかざすと光が生まれゆっくりと痛みが引いて行った。


「ありがとうございます。あのおいくらでしょうか?」


「あなたはこの商隊を守るために戦ったのですから気にしないでください、もし感謝の気持ちがあるのならば町に着いたらロイマリア様にお祈りいただければ結構ですよ」


「わかりました、教会へ行かせていただきます」


「シュウよかったなぁ!司祭様が乗り合わせるなたぁめったに無いぞ!」


 そう言ってマーロフがまたバンバンと背中を叩いてきた。



 それからもポツポツと魔物が出たが殆ど問題なく対処し、この国の首都の手前の比較的大きい町へと昼頃に到着した。


「それじゃあまた三日後だなぁ!俺たちはドラゴンの尻尾亭にいつも泊ってるから何かあったら遊びに来いよ!」


 そう言ってマーロフたちは宿へ向かったので僕と師匠はまず情報系ギルド大陸の渡り鳥へ向かい、そこで色々キューブ関連の情報を調べ、お勧めの宿を聞いてそこへ向かう事にした。


「ここが大陸の渡り鳥のお勧めの宿?」


「そう、この森のブドウ亭はお酒の種類が豊富らしいわ」


「なんか師匠の作為が混じってない?」


 師匠が飲みたいだけ何じゃないかと疑いの眼差しを向けるとコホンとわざとらしく咳き込んで口を開いた。


「今は水不足だからここがお勧めって言ってたわ」


 そう言いながらさっさと師匠がドアをくぐって行ったので僕も後を追った。


 中に入ると左側に階段がありその横に受付になっていた。さらにその右側にはカウンターとテーブルが五卓程ならぶ食堂があった。


「いらっしゃいませ、お泊りですか?」


 声がした受付を見ると三十代前後で恰幅の良い明るくて元気そうな女性がいた。



 師匠が受付をし鍵をもらうと十二歳くらいの受付の女性に良く似た女の子が部屋へ案内してくれた。


 部屋へ向かいながら話を聞くとさっきの受付に居た人の子供でいつもお手伝いをしているみたいだった。


「パパの作る料理はおいしいから期待していてね!」


 そう言って部屋を後にした女の子を笑顔で見送り部屋へと入った。



「とりあえず三日間特に予定が無いからのんびりしましょうか?」


「そうだね、馬車に乗り過ぎてお尻の皮が捲れた気がする。それにしても早速お酒飲んでる師匠はさすがだね」


「何がさすがか分からないけど今この街では水がかなり貴重で高いのよ。ならお酒飲むでしょ?」


「う、うん?」


 それから部屋で魔法の練習をしたりしていると夕飯が出来たと案内の女の子が呼びに来てくれたので食堂へ行く事にした。


 出て来た料理はパンに根菜の炒め物とチーズ、メインに何かのお肉の赤ワイン煮だった。


「この赤ワイン煮ホロホロで歯がいらないくらいだね!」


「そうね、これは赤ワインにぴったりねチーズも美味しい」


「ウマイ、ウマイ、ホロホロ!ホロホロ!」


 リエルにも与え僕たちはお腹いっぱい飲み食いして部屋へ帰って眠りについた。




 次の日町を散策するのに、最初に教会へお礼をしに行くことにした。


 挨拶でもしようと教会に来ただけだがそこは水を求める人でごった返していた。


「教会人気過ぎない?」


「これはすごい人ね、ちょっと今日は無理じゃないかしら?」


 諦めようとしていたら後ろから声を掛けられた。


「シュウさんじゃないですか?」


「はい?」


 振り向くとそこには糸目の司祭様が立っていた。


「あ、ディアスさんその節はありがとうございました」


「いえいえ、まさか本当に教会に来ていただけるとはありがとうございます」


 そう言ってディアスに連れられて教会の中に入ると、中は人があまり居なく静かな様子だった。


「中には居ないんですね」


「そうですね、皆さんお水が欲しいようで朝からあんな感じですよ」


「大変ですね。水が配れるって事はここの裏に深い井戸でもあるんですか?」


「いえ、神の御業により与えられています」


「神の御業ですか?」


 神の御業を見せてくれると言うので教会の奥へと行くと、そこは四方を壁で囲まれたひっそりとした中庭で、その真ん中にツボを胸元で持った僕と同じくらいのサイズの女神像があり井戸に向かって水を出し続けていた。


「え?どうなってるの?」


「あのロイマリア様の像から水が無尽蔵に湧いて来るんですよ、それを信徒の皆様にお配りしている状況です」


「すごいですね!」


 その後ディアスに途中に買った果物等を渡して一応女神像にお祈りをし、少し寄付して帰る事にした。


「それにしてもあの女神像どうなってるんだろうね?ポンプか何かで地下から水を吸い上げてるのかな?それにしては音もしてなかったけど」


 町を歩きながら師匠にさっきの女神像の話を聞いてみた。


「あの像は魔道具ね、中にキューブに似た力を感じたわ」


「ああ見えてすごいんだね、魔道具って何でも出来るの?」


「出来るといえば出来るわ、理論上はね。どうしても大きい出力が必要になる場合それなりの魔石やキューブの様な物が必要になってくるわ」


「じゃああの女神像の出力は何で出来てるんだろね」


「そうね一度開けて見ないとわからないわね」


「あの女神像開けたら教会の人が怒って来そうだよね」



 そんな事を喋りながら町の出口付近を通りかかると大勢の人や馬車が門に押しかけていた。


「どうしたんだろう?いってみようか」


 師匠と門へ近付いて行くとそこには武装した兵士が並び人の出入りを出来ない様にしていた。


『今町の中で疫病が発生している!すべての門を閉鎖しているので戻れ!』


「ええ?!疫病だって、どうしよう。師匠って人間の病気とかうつるの?」


「魔力がある人間はあまり羅漢しないわね、まぁ何が起きてるのかちょっとギルドへ行ってみましょう」


 師匠がギルドで話を聞くと町では体に斑点が出来て皮膚が爛れてくる疫病が発生しており他の地域に広がらない様に出入口が封鎖され、教会からの応援を待っている所だと言う事だった。


「これはどうしようもないわね、とりあえず宿に戻りましょうか」


 帰りに町中を見て回ると路地裏に倒れて居る者や嘔吐している者もいて大変な事になっていた。


 宿に戻りやる事もないので昼ごはんを宿の食堂で食べ、あとで部屋にお酒とおつまみを持って来て貰おうようにお願いして部屋に戻った。


 師匠と魔法の練習をしていると廊下で大きな音がしたのでドアを開けると飲み物を運んでいた女の子が倒れて居た。


「大丈夫?」


 とりあえず抱き起こすと少女は顔に発疹が出来てぐったりとしていた。


「これは!?疫病?」


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