第58話 怪我とリエルと狼と
次の日師匠がギルドへ行ってしまったので、僕はロンに言って鹿肉を焼いてパンに挟んでお弁当にしてもらい、それを二つ持ってまた川へ向かった。
何となく会える様な気がしていたがやっぱり少年が川べりに座っていた。
何も言わずに横に座りお弁当を一つ渡すと受け取ってくれた。
そして僕が食べ始めると横で少年も食べ始めた。
暫くどちらも無言だったが食べ終わると少年が口を開いた。
「ありがとう」
「良いよ、困った時はお互い様だよ、僕はシュウ」
「俺はバイス」
「かっこいい名前だね」
「父さんがつけてくれたんだ」
「いいね」
それから大した話をしていないがバイスは何かを思い出した様に用事があると言い、どこかへと行ってしまったのを見送り、その後ろ姿に何故か昔飼っていた猫を思い出してしまった。
僕はその後、町の中をぶらぶらしていると、みんなが魔狼の話をしていたので市場のおばちゃんにリンゴの様な実を一つ売ってもらい話を聞いた。
ここ何日か夜になると狼の鳴き声と共にズタズタに切り裂かれた死体が道端に倒れており、少ない目撃者の話によると魔狼の姿を見たらしい。
しかもその魔狼の胸には光る球の様な物がついていると言う話だった。
宿に帰ると程なくして師匠が帰って来たのでその話をすると師匠もギルドで同じ様な話を聞いてきていた。
師匠が言うにはキューブの可能性があるから今日から夜に街を巡回すると言う事だった。
それからご飯を食べた後、町を歩いて夜も深くなった頃、叫び声が聞こえたので師匠と走って行くとそこには倒れた女性の傍に立ち尽くし手に血をつけたバイスの姿があった。
「バイス?」
声をかけると、ビクリとしてこちらに顔を向け驚いた顔をして直ぐにどこかへ走って行ってしまった。
「あれがシュウが助けた人間?」
師匠が倒れていた女性を介抱しながら聞いて来た。
「うん、バイスって言うんだ」
「彼の魔力の流れ人間じゃないわよ」
「そうか、何となくは感じてたんだけどな、明日話してみるよ」
「一緒に行ったほうが良いんじゃない?」
「僕一人で大丈夫だよ」
結局その女性は一命を取り留め、話を聞くと夜道で突然魔狼に襲われてその後の記憶は無いらしい。
その日はそれ以外何もなく、少し夜が明けて来た頃宿へと戻った。
「じゃあ行ってくるね」
「気をつけてね」
師匠に送り出されて昼頃に僕は川辺のバイスと出会った場所へ向かった。
しかし川辺に行ってもバイスは居なかった。
僕は仕方ないので川縁でをバイスを待つ事にした。
腰を下ろしたその瞬間世界に色が失われていった。
呪印の目を後ろに開いたときには眼前に銀色の毛を靡かせた魔狼の牙が迫っていた。
動くことができずそのまま僕は意識を手放してしまった。
気がつくと宿屋のベッドの上だった。
横を向くと師匠がいつもの様に本を読んでいたが黒髪黒目なので変な感じがした。
「気がついた?いったい何があったの?遅いから川へ迎えに行ったらシュウが血だらけで倒れているからびっくりしたわ」
「バイスが居なくて座って待っているところに、後ろから魔狼が現れてやられたんだ」
「変ね普通魔狼は夜にしか変身出来ない物なのよ」
「もしかするとそれがキューブの力なのかな?」
「それは否定できないわ。取り敢えず私は日が落ちたらもう一度魔狼を探しに行ってくるから、シュウは明日まで休んでいて、教会で強引に治療をしたからまだ本調子じゃないと思うわ」
「だからまだ背中が痛いんだね、ありがとう師匠、気をつけてね」
師匠は準備をして行ってしまったけど、やっぱりバイスが魔狼だったんだろうか?そんな事を考えているといつの間にかまた寝てしまい起きたら蝋燭も消えて真っ暗闇だった。
お腹が減ったので真っ暗の中、呪印の目を使って部屋を後にした。
下に降りると食堂は灯りがついていたがレンも居なくキッチンも覗いてみたが竈門に火がついたまま誰も居なかった。
どうしようかな、部屋に戻ろうかと考えていると宿のドアが開いてロンが飛び込んできた。
「シュウさん!娘はレンは帰って来たか?」
「え?いや、誰もいないよ?」
めちゃめちゃ厳つい顔で迫られてビックリしたが詳しく聞いてみると、普段あまり出ないワインが結構な勢いで無くなってしまった為、近所の酒屋へ取りに行ったが帰って来ないらしい、ロンも行ったがもうとっくに帰ったと言われ寄りそうなところを探しながら戻って来たのが今だと言う事だった。
「恋人の所とかは?」
「うちの子に限ってそれは無い!」
恐ろしい顔に恐ろしい剣幕で怒鳴られ、世界に色が無くなるかと思った。
「よし、じゃあ僕が探しに行ってくるよ」
「探せるのか?」
「何かレンの匂いのついた物ある?」
「え?」
「いや変な意味じゃ無いよ、僕は鼻が効くんだよ動物みたいに」
半信半疑でロンが急いでレンが使っていたエプロンを持って来てくれた。
僕は集中して肉球呪印に力を込めた。
耳が出ない程度、耳が出ない程度。
やがて力が安定してくると周りの音と匂いがどこまでも漂っている感じがする、いけそうだ!
「よしいけそうだよ!ちょっと迎えに行ってくるよ!」
そう言って僕は夜の街へと繰り出した。
周りの音は狂った様に耳にまとわり付いてくるが匂いは集中すると辿ることが出来た。
しかし暫くするとその匂いに血の匂いが混ざりだした。
通りの角を曲がって人通りのない路地に入った途端むせ返る様な匂いがした。
「レン!」
そこには穴の空いた月の下、倒れた司祭服の男を執拗に噛み付いている銀色の魔狼と横で倒れて足から血を流しているレンの姿があった。
レンは倒れたままあまり動いていない、匂いからしてそんなにレンからは血が流れて無さそうだけど早く何とかしたほうが良いね。
「バイス!やめろ!」
僕は急いでレンの近くに駆け寄ろうとした瞬間、世界に色が失われていった。
前方から口を大きく開いた魔狼が飛びかかって来ていた。
その魔狼の胸にはテニスボールくらいの球が埋まりそこからチューブのような光るラインを体に伸ばしていた。
僕は左に避けながら爪呪印さんを伸ばして斬りつけようとしたが同じように魔狼も爪を合わせて来て弾かれてしまった。
とんでもなく早い!身体強化してるのに追いつかない。
一瞬離れて仕切り直しになるかと思ったが魔狼はまた右へ左へとステップを踏みながら次は爪をダガーのように伸ばし両手で突いて来た。
僕は後ろに下がりながら、それを何とか爪呪印で弾こうとしたが速度が速い上に重い攻撃に体勢を崩した所に右下から蹴りが飛んできて跳ね飛ばされたその瞬間、世界に色が戻っていった。
「ぐっはっ」
僕が路地を転がり壁に当たって止まった瞬間、また世界に色が失われていった。
前を向くと眼前に魔狼の牙が迫って来ていた。
僕は爪呪印で塞ごうと手を上にあげようとしたが、さっき蹴られて脳が揺れたせいで腕に力が入らなかった。迫り来る魔狼にもう噛まれると思った時、どこからともなく一回り小さい銀色の魔狼が飛んできて体当たりし、でかい魔狼を弾き飛ばした。その瞬間、世界に色が戻っていった。
目の前に魔狼が二匹になってしまったが小さい方は味方?
って言うかこの匂い。
「バイスか?」
小さい方がチラリとこちらを見て頭を縦に振った。
さっきまであっちがバイスと思ってたのが少し恥ずかしくなった。匂いも全然違う。
「助かったよ!ありがとう」
脳震盪から回復した僕はバイスの横に並び二対一で戦う事になった。
バイスが飛びかかり僕も後ろから追いかけて隙を縫って爪で斬りかかるが相手は早いし当たっても毛が硬く簡単にはダメージを与えられなかった。
何度目かの斬り合いでバイスが魔狼の体当たりを喰らいそれに巻き込まれ僕も一緒に倒れてしまい、そこへ魔狼が上から飛びかかって来たとき視界が赤い炎に染まった。
「師匠!」
「どうなってるの?!魔狼が二匹?シュウは宿で寝てたんじゃないの?」
「人を襲っている魔狼はバイスじゃなかったんだよ、こっちがバイスで僕を助けてくれたんだ!」
「じゃああっちを倒せば良いのね」
そう言って立ち上がろうとしていた魔狼に光の矢が何本も突き刺さった。
初めて師匠の光魔法を見たけど、やっぱ師匠はチートだなこれは。
僕は起き上がり動かなくなった魔狼に近づくとバイスも横へやって来た。
「父さん」
「えっ!?バイスのお父さんだったの?」
バイスの話では森の中に魔狼の村が有り、静かに人間と変わらない生活をしていたがある日狩ってきた熊の体の中から光る玉が出てきて、それをクマを狩ったバイスの父親が貰ったらしい。
暫くは何ともなかったが段々と気が付けば父親がその玉を見ている時間が多くなり不安になったバイスは母親と相談し、それを谷にこっそり捨てようと持ち出した。
しかし後ろから追いかけてきた父親に玉を取り返されその場で父親は飲み込んだと思ったら昼間なのに魔狼へ変身してバイスは谷に落とされた。
その後気がつくと夜になっており、魔狼になり谷から戻ると村中の人間が襲われてバイスのお母さんも亡くなり、その後父親の匂いをを追ってこの街へ来たと言う事だった。
「大変だったんだね」
「とりあえず偽キューブを破壊しましょう」
師匠が言うのでキューブっぽい球に呪印の爪を刺そうとすると、腰のポシェットからミニリエルが飛び出してキューブに引っ付くと魔狼の胸から取れてリエルに吸収されて行った。
するとリエルがムクムクと元のサイズに戻って行った。
「リエル!?」
「ジャーン!リエルちゃん復活!この球は僕から取り上げた力を変換したやつだよ!」
「だから見た事のない形をしていたのかぁ」
それにしても空気を読まない登場の仕方だなリエルは。
リエルが指を僕に向けると丸い球が出て怪我を癒してくれた。
「あの人たちもお願い」
僕がレンとバイスとついでに司祭を指さすと同じように傷を治してくれた。
全員の傷を治すとリエルは僕の方へ飛び込んできた。
「やっと大きくなれたよ!お礼をしてあげなきゃね!」
そう言って僕に抱きつきキスをしようとしてきたので抵抗しているとリエルの体が縮みだした。
「あれ!あれれれ?まだ足りないよぉ」
色々叫びながらリエルはまた萎んで元の大きさに戻ってしまった。
「モット、タマヲ、アツメ、テ」
「前より喋れるようになったかな?」
リエルはがっかりしたのかポシェットへ戻って行った。
「迷惑をかけたな」
バイスはお父さんを村のみんなと一緒に埋めてあげるみたいで今は亡骸を背負っている。
「またね!バイスとはまた何処かで会える気がする」
「じゃあまたな!」
自分より大きい物を抱えてるとは思えない速度でバイスは走って行った。
「取り敢えずレンを連れて帰りましょうか」
「これどうする?」
司祭を指差して僕が言うと師匠が首を振った。
「捨てていきましょう」
「賛成」
レンを連れて宿へ戻るとロンに泣いて喜ばれた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
感謝を伝え続けるロンに僕はお湯を沸かしてもらい体の血の跡を拭いて着替えてから食堂へ降りていくと師匠がワインを飲んで何か摘んでいた。
「シュウさんも一緒にどうぞ」
ロンにそう言われて僕も席についた。
それから朝までロンと一緒にお酒を楽しみレンの無事を祝った。
その日も僕は朝方眠り昼過ぎから起きてのんびり過ごし、師匠はギルドへ少し顔を出し次の日が出発の日だった。
馬車は路線の一番端の町の為か意外と空いていて、途中の小さな村へ寄っていくとだんだん混んでくると言う話だった。
「そう言えばあの司祭は起きたら身ぐるみ剥がされていたみたいよ」
「因果応報だね罰を受けて良かったよ」
馬車が出発の時間になりレンとロンも見送りに来てくれた。
「シュウさんティーレシアさん今回は本当にありがとう娘が生きているのも二人のおかげだ」
「シュウさんありがとう!」
「レンもロンさんも元気で仲良くね!」
二人に見送られながら僕たちは次の町へと出発した。
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