第57話 宿と司祭と少年と
ドワーフの国から出て人間の国側もやはり森が続いていたので今僕達は森の開けた場所で野営をしていた。
「師匠、町まであとどれくらいかかるの?」
「前に来た時は二日ほど歩いた所に川沿いの小さな村があったはずよ、そこまで行けば乗合馬車があるはずだからそこからは人間の馬車で移動しましょう」
「あー早くベッドで寝たいな、お風呂も入りたいし」
僕が愚痴っていると師匠が皮袋からピアスを出して耳に付けると、見る見るうちに師匠の白い髪が黒く染まり、目も赤から黒へと変わっていった。
「何それ!?変身アイテム!?耳も無くなった!」
「これはボボンガスに作ってもらったのよ、今回の報酬にね。どう、人間に見えるかしら?」
「うん、すごく可愛いよ」
「馬鹿、可愛いかは聞いてないわ」
照れている黒髪黒目の師匠の破壊力は凄かった。
「後これも作ってもらったわ」
そう言って師匠が僕に渡して来たのは腰につける事ができる皮でできた四角いバッグだった。
「何これ?」
「それを入れておく為のバッグよ」
そう言って師匠が指差したのはミニリエルだった。
「そんなの普通に肩乗せて歩いてたら人間領じゃあ噂になってしまうわ」
「確かに、そんな事考えてなかったよ」
カバンを開けると中はクッションの効いた素材になっていて隙間から少し外が見える様になっていた。
話を聞いて居たのかリエルが自らそこへ入って行った。
「気に入ったみたいだね、ありがとう師匠リエルの事も考えてくれて」
「別にリエルの為にしたんじゃないわ」
その後焚き火の匂いに釣られて襲って来たオークは照れ隠しの師匠の手によって消し炭に変えられていった。
その二日後、師匠が言ったようにお昼頃には村へと到着した。
「村っていうか町だよね?」
「そうね、前来た時は30人くらいの小さな村だったのよ?」
「前って何百年前の話?」
「そんなに前じゃ無いわよ!」
師匠が言っていた村は周囲が石で出来た壁に囲まれ、物見櫓まで立っているしっかりとした町へと変わっていた。
門で手続きを済ませ中に入るとそこは、森が近い事も有り、丸太できた家が沢山並び今まで通って来た町と一風変わった雰囲気があった。
「木材加工が特産なんだね、それにしてもここは独特な雰囲気だね」
「そうね、ここは宗教国家だからそれぞれの家にもシンボルが掲げられているから他とは違うかもしれないわね」
師匠の言うようにそれぞれの家の屋根や玄関に女神像のような物が掲げられていた。
「女性の神様なんだね」
「そうね正教会、正式名ロイマリア教団は大地母神ロイマリアを神として崇める教団だからね」
「へぇロイマリアはどんな神様なの?」
「さぁ、私も会ったことがないから分からないわ」
「会った事無いって神様でしょ?世界を作ったとか大地を支えているとかそんな逸話は無いの?」
「シュウが何と比べているか分からないけど、ロイマリアは昔から今も生き続けていると言われているわ、だから今も聖教都ロイマリアに実存するわよ」
「ええ?!神様が居るの?」
「神様は居ないんじゃ無いかしら、ちょっとこの話はこんな道端でする物じゃ無いわ先に宿を探しましょう」
ロイマリアの話をしていると周りの人がこちらをジロジロ見て来ているのがわかったので僕達は足早にその場を後にした。
「師匠、ここ良さそうじゃ無い?」
僕が指さした宿は下が食堂になっており、昼を過ぎた今でもある程度人が入って美味しそうな匂いをさせていた。
「じゃあここでお昼を食べて美味しかったら宿泊しましょうか」
「良いね」
中に入るとそこはカウンターとテーブルが有り、夜はお酒も飲めるようになっている雰囲気の良いお店だった。
「いらっしゃいませ、お食事ですか?」
入ってきた僕達を見つけ給仕係の女の子が元気よく声をかけてきた。
近づいてきた給仕係は茶色い髪をサイドテールに纏めた人懐っこい顔をした十五歳くらいの女の子だった。
「とりあえず食事を」
師匠がそう言うとテーブルに案内してくれメニュー板を手渡された。
「お勧めはお昼のおまかせセットで今日は立派な鹿肉が手に入ったのでそのシチューとパンです」
「じゃあそれで、あと赤ワインを」
「僕もおまかせセットで、飲み物はエールで」
「ありがとうございます!」
そう言って給仕係が奥へと引っ込みパンと飲み物を先に持ってきたので、それをちびちび食べていると大きめのお皿に具がたっぷり入ったシチューが運ばれてきた。
「どうぞごゆっくりお楽しみください」
そう言われて早速木のスプーンでシチューを口に含むと熱々でほのかに香る赤ワインの風味が鼻を抜けていき、森を歩き疲れた体に少し濃いめの塩分が染み込んで来るようだった。
メインの鹿のお肉もホロホロのトロトロに煮込まれており、唇だけで千切れるほどだった。
そして熱くなった口にエールを流し込むと麦の香りと弱目の炭酸が口の中をリセットしてくる。
「エールってちょっと冷たいけど、この世界ではどうやって冷やしてるの?」
「普通は地下室で保管してるからよ、夏でも冬でも大体一定の温度でお酒が飲めるわ、よほど変なお店じゃ無い限り地下に保存庫を作っているんじゃ無いかしら」
「ちなみに師匠はこれを魔法で凍らない程度に冷やすことができる?」
そう言って僕が師匠の前にエールを置くと師匠が何も言わずに指を振った。
「飲んでみて」
唇に当たる木で出来たコップが冷たく、そのまま口を付けて飲むとキンキンに冷えていた。
「すごい!キンキンに冷えてるよ、でも風味がなくなって味はあんまりしなくなるね」
「そうねエールは普通の方が美味しいわ」
「師匠もやった事があるんだね、さすが酒飲みだね」
「人聞きが悪いこと言わないでよ、嗜む程度よ」
そんな事を言いながらワインをお代わりしている師匠だった。
こっそり机の上に置いた鞄を開けて中に居るミニリエルにもシチューをあげると美味しそうに食べていた。
「ウマイ!ウマイ」
「親鳥になった気分だね」
それからツマミなどを何点か頼み全て美味しかったので僕達はここに宿泊する事にした。
「ありがとうございます、とりあえず二泊で次の馬車が出るまでですね。では宿帳にお名前をお願いします」
そう言われて師匠が宿帳に二人の名前を書き込んでいた。
「ティーレシアさんにシュウさんですね、私はレンです、厨房には父のロンも居ますので何かありましたらおっしゃってくださいね!」
「ありがとう、料理美味しかったって言っといて」
僕がそう言うとレンは嬉しそうに笑っていた。
その後部屋へ適当に荷物を置くと街を散策する事にした。
「まずは馬車がいつ出るか確認しましょう」
そう言って入って来たのと反対側の門周辺に有る馬車屋に行くと、今日出たばかりと言われ次は五日後だった。
「仕方ないわね五日後の朝また来ましょう」
師匠がそう言って馬車屋を離れた僕達が次にやって来たのはギルドだった。
ギルドと言っても人間の国に旅人ギルドはないので大陸の渡鳥と言う情報系ギルドへとやって来た。
お金を払い一対一で個室に入って情報を買うシステムだったので師匠に任せて僕は街をウロウロする事にした。
町は木材加工場などが各所にありそこで皮を剥いたり乾燥させたり運んだり、木工品の店などが色々とあり見ていて飽きなかった。
一通り見た僕は川沿いの土手に座り、屋台で何かの穀物で作った生地に濃い味付けをした焼いた肉が挟んであるケバブの様な物を二個買かったので、一つ目を食べながらボーッとやたら水量の少ない川を眺めていると目の端でうずくまる何かが目に入った。
「野犬でも居るのかな?」
そう言いながら近づくと耳が隠れるくらいの少し癖がある銀色の髪を血で濡らした16、7くらいの男の子がお腹からも血を流して荒い呼吸をして倒れ込んでいた。
「え、大丈夫?!」
声を掛けても反応が無いので僕はとりあえずおんぶしてその辺に居た人に診療所の場所を聞くと、この街には診療所は無いので教会の場所を聞いて急いで向かった。
教会につき傷を見てほしいと言うと裏の建物へと案内されて寝かせる様に言われた。
暫くするとでっぷりと太った司祭様がゆっくりと部屋へ入って来たと思うと僕と少年を一瞥して表情が曇ると嫌そうに口を開いた。
「傷の治療を受けたいと言うのはお前か?」
「そうです、よろしくお願いします」
答えた僕の足から爪先までを見て言った。
「寄付はできるのか?」
「えっ?」
「神に感謝を表せぬなら奇跡の力は使えん」
一瞬何の事を言っているのか分からなかったので聞き返してしまったが、お金が払えるのかと聞いているのか。
僕は急いで腰の袋から金貨を出して渡すと急に司祭が笑顔に変わった。
「何だどこかのお坊ちゃんだったのかな?今すぐ神の御業を使ってしんぜよう」
あれ?もしかして払いすぎたかな。
司祭が何度か魔法を使うと荒かった呼吸が次第に落ち着いていき静かな寝息を立て始めた。
「これで終わりだ、この部屋は明日の朝まで使って良いのでゆっくりとするが良い、そしてこれは神の御業による命の水である、親御さんにお渡しする様に」
どこかの金持ちの子供かと思われたのかよく分からない陶器に入った水をくれて嬉しそうに司祭は出て行った。
暫く横で見ていると少年が目を覚ました。
「う、うう」
少年が周りを見て僕と目があった途端飛び上がって部屋の隅へと着地した。
「おはよう、体はどう?」
「お前は誰だ?!こっ、ここはどこだ?!」
まるで猫みたいに手足を地面につけて睨みつけてくる。
「ここは教会だよ、君が川辺で倒れてたんで僕が連れて来たんだ」
「頼んでない!」
「そうだね血が出てたからお節介をしちゃっただけだよ」
すると少年のお腹からグーっと言う音が聞こえてきた。
「お腹が空いてるのかな?これお昼に食べるのを忘れていたから良かったら食べてよ」
そう言って机の上にお昼に買ったケバブ風の物を置いた。
「元気そうだし僕は帰るよ、お大事にね」
そう言ってドアから出ようとすると後ろでケバブを取って窓から飛び出していく姿が呪印さんの目で見えた。
「もう大丈夫そうだね」
宿に帰って師匠とご飯を食べながら昼間の話をすると怒られた。
「そんな司祭銀貨で十分よ!シュウは一度お金の使い方を勉強しないとダメね!」
「ごめんなさい」
怒られながら鹿肉のステーキを口に入れると赤身のお肉なのに柔らかく、でもしっかりとした食べ応えに濃い旨みとかすかに漂う鹿の風味がうさぎとはまた違った味で美味しい!
「シュウ聞いてる?」
「ごめん鹿肉が美味しくて聞いてなかった」
「もう良いわ、結果的には人助けをしたわけだし、それにしてもすごく良い焼き加減ねソースも美味しいし」
「とりあえず明日も別のギルドも行って人間の国全体の地図と情勢を調べてみるわ」
「了解、僕はもう一度少年の様子を見てくるね」
「後今この街に噂だけど魔狼が出るらしいわ遅くならない様に早く帰ってこないとダメよ」
「魔狼?」
「魔狼というのは昼間は人間なんだけど夜になったら狼の頭に全身に針の様な硬い毛と鋭いナイフの様な牙と爪を持った厄介な魔物よ、かなりのスピードと力があるからシュウは逃げたほうが良いかもしれないわね」
「そんなの出たら死ぬ気で逃げるから大丈夫だよ」
そんな話をしているとレンが追加の野菜のローストを持って来てくれた。
「レン、ステーキとワインお代わりを持って来て」
「僕もステーキと果実酒お代わり」
「はーい、今お持ちしますね」
レンが機嫌良さそうに厨房に入って行った。
「後、この辺は今雨季らしいんだけど雨が降らなくて困ってるみたいね」
「だからあんなに川の水が少ないんだね」
「そのせいだと思うわ、ここはまだ何とか大丈夫みたいだけどもっと下流では水不足になって正教会が神の御業を語って水を配ってるみたいね」
「僕も貰ったよ」
そう言って師匠に水を見せると訝しげな顔をして陶器の瓶を睨んだ。
「これはあまり飲まないほうが良いわよ、魔力濃度が高すぎるわ」
「魔力濃度?が高いとどうなるの?」
「シュウが飲んでも何もないかもしれないけど、元々魔法が強くない者が飲むと一時的に体内の魔素が上がって免疫系が強くなりすぎて自己崩壊を起こすかもしれないわ」
「なんかわかんないけど怖いね」
「怖いといえば最近この地域で疫病も流行っているらしいわ、シュウも変な怪我人にはもう近づいちゃだめよ」
難しい話をしているとステーキのお代わりがやって来た。
「はい!ステーキお代わり二人前だよ!」
持って来たのは何故か禿頭で鋭い目をした厳ついマッチョのレンの父親ロンだった。
「ご飯とっても美味しいです!」
「嬉しいね、大盛りにしといたよ!」
皿を見るとステーキが三人前は乗っていた。
「パパ!早く厨房に戻って!ただでも顔が怖いんだから!」
そう言ってレンに押し戻されて厨房に消えて行った。
僕はお腹いっぱいステーキを堪能し師匠はワインをたっぷり飲み美味しい食事を楽しんだ。
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